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落胤の若侍と目明しの娘の出会いは、幕府の闇を抉る捕物劇に

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『変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦』

変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦樋口有介(ひぐちゆうすけ)さんの初の時代小説、『変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦』(祥伝社文庫)を紹介します。

本書は、2007年にちくま文庫から刊行された『船宿たき川捕物暦』を改題して祥伝社文庫より復刊したもの。
2007年当時夢中になって読んだ記憶がありますが、詳しいストーリーを忘れていて、機会があれば読みたいとずっと願っていました。

元奥州白河藩士の倅・真木倩一郎(まさきせいいちろう)は、朝顔を育てる優男の風貌とは裏腹に江戸随一の剣客。ある日幼馴染みの天野善次郎が新藩主・松平定信の命で来訪、倩一郎に前藩主のご落胤の噂があるという。定信からは帰参を乞われる中、船宿〈たき川〉の女将で、江戸の目明しの総元締・米造の娘、お葉を助けたことで運命が一変。倩一郎は幕府も揺るがす暗闘に巻き込まれていく……。
(文庫カバー裏の紹介文より)

物語は、小野派一刀流の佐伯道場で師範代をつとめる真木倩一郎の暮らす深川北森下町の長屋に、幼馴染みで白河松平家の家臣天野善次郎が訪ねてきたところから始まります。

定信は、お側役の善次郎に、先代のご落胤の噂のある倩一郎を呼び出すように命じていました。

倩一郎は道場帰りに白河松平家の下屋敷に向かう途中、三十間堀近くの薄暗い路地で、三人のヤクザ者に襲われている船宿の女将お葉を助けました。

定信は、浪人暮らしをしている倩一郎に白河藩への帰参を打診します。
倩一郎は定信が老中田沼意次によって将軍の座から遠ざけられて白河へ養子入りし、その心情に水戸光圀が甥の綱条に家督を譲られた旧例を踏まえたこととを見抜き、「朱子学かぶれの大田分け」と言って、話を断ります。

「お滝さん、堀江町のたき川という船宿は、知ってるかな」
 お滝が足をとめて狸のように目を見開き、手の甲で額の汗をふく。
「はてね、たき川ねえ」
「宿は思案橋の近くで、主人の名は米造だという」
「思案橋の米造、あれあれ、そりゃ旦那、目明かしの米造親分じゃないかさあ」
 
(『変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦』P.82より)

倩一郎は、お葉を助けた礼として、米造から船宿「たき川」に招かれます。
長屋の奥隣に住む、煙草売りの女房お滝から、米造がお江戸で知られた大親分で、町方役人も頭があがらない、おっかない人だと聞きました。

「お葉殿の肝のすわり方、なにやら子細はあろうかと思っていたが、やはりそのあたりですか」
「逆恨みに意趣返しに嫌がらせ、目明かしなどろくな稼業ではございません。目明かしとは要するに、ミミズという意味でございましてな」
「ほーう」
「ミミズとは『目、見えず』から生まれた語とやら。このミミズを清国の文字で書きますと虫に丘、そしてまた虫に引、つづけて蚯蚓と書きます。丘は岡でございますから、岡っ引きとは蚯蚓という意味合い、目明かしを地面の下でうごめく『目、見えず』と皮肉りまして、誰やらが手前どもの稼業を蔑んで云いはじめたものが、世間に広まったのでございましょう」
 
(『変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦』P.107より)

倩一郎は、お葉が襲われて拉致されそうになった事件に巻き込まれていきます。
幕府の闇へとつながる大きな暗闘の始まりでした。

物語では、倩一郎と同じく師範代で「佐伯道場の赤鬼」と恐れられる荒井七之助と、道場主の娘綾乃との三角関係、青春群像も綴られていき、爽快な読み味があります。

著者の愛した古き良き捕物小説のように、江戸情緒や季節を鮮やかに描く一方で、幕府を揺るがす大きな闇の正体も次第に明らかになっていきます。

続編の『初めての梅 船宿たき川捕り物暦』も復刊されたので、こちらも楽しみたいと思います。

変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦

樋口有介
祥伝社・祥伝社文庫
2019年11月20日初版第1刷発行

『船宿たき川捕物暦』(筑摩書房・2004年10月刊)を改稿・修正したもの

カバーデザイン:フィールドワーク
カバーイラスト:卯月みゆき

目次
変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦
あとがき

本文451ページ

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『変わり朝顔 船宿たき川捕り物暦』(樋口有介・祥伝社文庫)
『初めての梅 船宿たき川捕り物暦』(樋口有介・祥伝社文庫)

樋口有介|時代小説ガイド
樋口有介|ひぐちゆうすけ|作家 1950年7月5日-2021年10月23日。 群馬県前橋市生まれ。 國學院大學文学部哲学科中退。様々な職業を経験後に、昭和63年(1988年)、『ぼくと、ぼくらの夏』が第6回サントリーミステリー大賞の読者賞を...