『明治零年 サムライたちの天命』
加納則章(かのうのりあき)さんの長編歴史時代小説、『明治零年 サムライたちの天命』(エイチアンドアイ)を献本いただきました。
本書は、明治維新の裏で行われた出来事を描き、武士の大義と存在とは何かに迫った歴史時代小説です。
出版社のエイチアンドアイ(H&I)は、健康雑誌「健康365」を刊行するかたわら、独特の視点を持ちテーマ性のある、キラリと光る歴史時代小説を出版しています。
安部龍太郎さんの『葉隠物語』、東郷隆さんの『風魔と早雲』、岩井三四二さんの『政宗の遺言』など、読みごたえのある作品が並びます。
著者の加納則章さんは、雑誌の編集者を経てフリーライターとして活躍して、本書が作家デビュー作です。
エイチアンドアイが新人作家の小説を手掛けるのも初めてということで力が入っています。
4月の単行本の新刊情報を作成していた際に気になって読みたいと思っていた作品でした。
当初4月半ばの発売予定で制作されていたところ、緊急事態宣言の発令や全国大型書店がGW明けまでの休業を公表しているなどの影響により、製本作業中の奥付日を変えずに、取次店と調整して発売を5月中旬のこのタイミングまで延期されたそうです。
「コロナ零年」ともいうべき異例の誕生プロセスを持っています。
慶応四年(1868)三月。
倒幕を成功させた西郷吉之助は「佐幕」の旗を降ろさぬ奥羽越列藩同盟平定のため、北陸道に官軍を派遣した。しかも前田藩に「独立割拠」の噂があるという。
徹底的な武力鎮圧を考えていた参謀・山県狂介だが、西郷に「戦いを避けよ」と命じられ、さらに桂小五郎の指示で謎の老人が同行することになった。一行は不穏な空気に包まれた百万石の城下町・金沢に乗り込んだ……。
(カバー裏の内容紹介より)
物語は、慶応四年四月。西郷吉之助と側近のもとに旅装の男より、ある情報がもたらされたことから始まります。
「独立国?」
側近と報告者の顔にさっと緊張が走る。
「はい、三州割拠と申し、加賀、越中、能登の三州にて前田家独立国の宣言をするとの噂があります」
「いつからの噂じゃ」
「加州藩年寄が京より帰った日からです」
「年寄とは」
「加賀八家の長連恭(ちょうつらやす)」
「……佐幕派の首領じゃな。影響力が大きか」
西郷が目を瞑る。(『明治零年 サムライたちの天命』P.4より)
報告者はさらに、長が十日前に死に、暗殺の噂があることを報告しました。
西郷は報告者に他言無用と加州からの引き揚げを命じますが、前年十月に出された勅書を巡る島津久光とのやり取りが脳裏には蘇っていました。
その勅書により、薩摩藩兵が上洛し、徳川幕府の終焉が始まりました。
「いずれこの国には、侍など一人もいなくなる日がくるかもしれん。それでも、おまえは剣を習いたいかね」
老人の従者である若者は呑気そうな顔を老人に向けていたが、そう問われるろ、目にちょっと困ったという影が差して、視線が揺れる。
「そんな日が本当に来るんですか」
本気で心配しているという声。老人も真剣だった。
「わしが生きているうちには来ないかもしれない。だが、お前が人の親になる頃には、本当に侍は日本にいなくなっているかもしれん」(『明治零年 サムライたちの天命』P.74より)
この老人は江戸で剣術道場練兵館を開いている斎藤弥九郎篤信斎で、若者は加賀出身で鳥羽伏見の戦いの二か月後に練兵館に入門した田邊伊兵衛という弟子でした。
弥九郎は、弟子で長州藩の代表である桂小五郎から、長の暗殺の真相を突き止めて加州独立を阻止するよう、北陸道鎮撫総督参謀の山県狂介に同行して、加賀へ行くように依頼されました……。
桂は、師の弥九郎なら、政治状況を考慮したうえで時宜にかなった方策を見つけて対応できると考えて、また、前田家の領内である越中国射水郡氷見(ひみ)の百姓の生まれの、地元出身名士ということで、加州藩が気を許すかもしれないと考えていました。
西郷吉之助、桂小五郎、山県狂介のトライアングルに、斎藤弥九郎が加わったことで政治裏側の駆け引きのドラマだけでなく、謎解きと活劇の要素が加わって、一気に物語の世界に引き込まれていきます。
明治零年 サムライたちの天命
著者:加納則章
エイチアンドアイ
2020年4月24日初版第1刷発行
装幀:幅雅臣
●目次
プロローグ 勅書
第一章 証拠
第二章 船上
第三章 老人
第四章 承諾
第五章 暗殺
第六章 金沢
第七章 慶寧
第八章 正体
第九章 真相
第十章 最期
エピローグ 昇魂
本文284ページ
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『明治零年 サムライたちの天命』(加納則章・エイチアンドアイ)