辻堂魁さんの文庫書き下ろし時代小説、『希みの文(のぞみのふみ) 風の市兵衛 弐』(祥伝社文庫)を紹介します。
本書は、算盤侍こと、唐木市兵衛が若き頃に修業をした大坂の地での活躍を描いた、『縁の川』『天満橋まで』と続く、大坂三部作ともいうべき、大坂編の完結です。シリーズ通巻では26巻となります。
大坂編第1作『縁の川』では、駆け落ち同然に江戸を出た、小春と良一郎、そして二人を追って上坂した市兵衛と良一郎の先輩富平が、3歳のときに生き別れて、難波新地の色茶屋の遊女として亡くなった小春の姉お菊の死の真相を探ります。
大坂・南堀江のこおろぎ長屋で暮らすことになった市兵衛ら四人は、同じ長屋に暮らす一人暮らしで裁縫仕事をする、お恒の世話になりました。
第2作『天満橋まで』では、お恒の倅・豊一が、奉公先の大店の商家が蔵元を務める中之島の島崎藩蔵屋敷で、不慮の災難に遭い命を落とした事件の顛末を描きます。
三作は、個々の物語として独立していますが、大坂を舞台にして、肌寒さが残る初春から四月下旬という連続した時間軸で描かれていて、主要な登場人物が重なることから、まとめて「大坂三部作」と言うことができます。
唐木市兵衛に返り討ちにされた刺客の一族が、復讐を誓い市兵衛の身辺探索を始めた。一方、大坂に情が移り江戸への出立を渋る小春を、亡姉の親友お茂が訪ねてきた。幼馴染みが辻斬りに遭い、生死の境をさ迷っているという。犯人捜しを始めた市兵衛だったが、己れの居場所を刺客に突き止められてしまう。良一郎らを先に発たせた市兵衛は、自ら死の罠に飛び込み……。
(表紙カバー裏の内容紹介より)
本作では、江戸の小春に文でお菊の死を知らせた、お菊の朋輩である色茶屋の遊女お茂が再び登場します。お茂は、幼馴染・お橘が仕事帰りに辻斬りに遭ったという事件の解決を市兵衛に依頼しました。
「お奉行所のお役人さんは、動いてくれまへん。昨日一日、頭が痛うなるほど考えた末に、唐木さんにお頼みするしかないと思いました。唐木さん、お頼みします。お橘ちゃんが言うたとおり、小坂源之助がほんまの下手人か、お役人さんが言うたようにそうではないのか、調べてほしいんだす。ほんまに下手人なら、小坂源之助にちゃんと罰を受けさせて、償わせることができますやろ。(後略)
(『希みの文 風の市兵衛 弐』P.114より)
寺町の参詣客目あての料亭で中働きとして働くお橘は、その器量の良さを東町奉行お抱えの給人・小坂源之助に目をつけられ、執拗に絡まれました。
お橘は、帰りが遅くなった夜道で、小橋墓所近くで覆面頭巾の侍に襲われて、逃げる背に袈裟懸けを浴びてしまいます……。
市兵衛は、大坂である一族と係わりができ、やがて刺客として命を狙われるようになります。
『縁の川』で、ある両替商の用心棒・野呂川伯丈を倒した市兵衛は、『天満橋まで』では、伯丈の兄で彦根藩の重職・保科柳丈の代人を務める室生斎士郎と戦います。
本作では、彦根藩を退いた柳丈より、市兵衛は果たし状を受け取ります。
そして、決戦の地、鈴鹿山中に向かいます……。
大坂編は三作で、ひとつの大きな物語になっていました。
「大坂の町方は大坂の母親を悲しませた者を、仮令、どこの蔵屋敷のお偉方であろうが、この大坂にのさばらしときまへん。それは約束しまっさ」
と、栗野は市兵衛に言い残したのだった。
大坂の町方の心意気だった。
だが、その約束は果たされなかった。(『希みの文 風の市兵衛 弐』P.161より)
市兵衛は身分のない立場で調べに限りがあり、前作で貸しを作っていた東町奉行所の定町廻り役の栗野敏介の力を借ります。
この三部作で著者が商都大坂の特色を生かしてどのように物語を紡ぎだしたかということに注目しました。
蔵屋敷や大坂町奉行所の武士たち、大坂の市井に暮らす町人たちの日々の営みなど、江戸者の目に映った大坂の町が描かれていきます。
作者の狙いがマンネリの打破にあったかどうかはわかりませんが、大坂三部作は三冊で一つの世界が構築されていて、『風の市兵衛』シリーズに新味を加えました。
また、社会問題化したシェアハウス投資のトラブルを想起させる事件の顛末も描かれていました。事件を通して、留守を守る「鬼しぶ」ら江戸の仲間たちの近況にも触れられていました。
次回作から始まるであろう、江戸での市兵衛とその仲間たちの活躍がまた楽しみになりました。
●書誌データ
『希みの文 風の市兵衛 弐』
辻堂魁
祥伝社・祥伝社文庫
令和元年12月20日 初版第1刷発行
カバーデザイン:芦澤泰偉
カバーイラスト:卯月みゆき
●目次
目次
序章 小橋墓所
第一章 詮議所
第二章 武家奉公人
第三章 光陰
第四章 鈴鹿越え
終章 大坂便り
本文329ページ
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『縁の川 風の市兵衛 弐』(辻堂魁・祥伝社文庫)(大坂編第1作)
『天満橋まで 風の市兵衛 弐』(辻堂魁・祥伝社文庫)(大坂編第2作)
『希みの文 風の市兵衛 弐』(辻堂魁・祥伝社文庫)(大坂編第3作)