木内昇(きうちのぼり)さんの幕末時代小説、『万波を翔る(ばんぱをかける)』(日本経済新聞出版社)を入手しました。
本書は、これまでの幕末時代小説では好意的に描かれることが少ない、幕臣たちの外交の歴史をテーマにした長編小説です。
開国から四年、幕府は外国局を新設したが、高まる攘夷熱と老獪な欧米列強の開港圧力というかつてない内憂外患を前に、国を開く交渉では幕閣の腰が定まらない。切れ者が登庸された外国奉行も持てる力を発揮できず、薩長の不穏な動きにも翻弄されて……勝海舟、水野忠徳、岩瀬忠震、小栗忠順から、渋沢栄一まで異能の幕臣そろい踏み。お城に上がるや、前例のないお役目に東奔西走する田辺太一の成長を通して、日本の外交の曙を躍動感あふれる文章で、爽やかに描ききった傑作長編!
(本書カバー裏の紹介文より)
主人公は、田辺太一は小普請とはいえ、歴とした幕臣の家に生まれた次男坊。昌平坂学問所で抜きん出た成績を修め、甲府徽典館(昌平坂学問所の分校に当たる学問所)の教授に推された秀才です。
腕はからっきしのくせに、喧嘩っ早い江戸っ子で、長崎の伝習所帰りの品川宿で、攘夷浪士とあわや斬り合いになろうかという事態に遭ったりもします。
――なにからなにまで亜国の言いなりになるのは癪だが、といって、今のところ武力ではどうにも太刀打ちできねぇ相手だ。こいつをどう収めるかが腕の見せ所なのだろう。
思案するうち、両の口角がおのずと持ち上がった。
「面白ぇ」
ひとり言が口を突いて出る。
「先が見えねえものほど、面白ぇことはねぇのだ」(『万波を翔る』P.6より)
太一は、幕府に新たに設けられる外国方なる部局(外国局)に出仕することを兄の孫次郎より伝えられます。
外国局の奉行には、水野忠徳(みずのただのり)、井上清直(いのうえきよなお)、岩瀬忠震(いわせただなり)、永井尚志(ながいなおゆき)、堀利熙(ほりとしひろ)ら、家格が高くないが、幕閣きっての鬼才や頴才(えいさい)ばかりが就くことになります。
さて、鼻っ柱の強い太一はお城に上がって、異能の幕臣たちの間で東奔西走し、どのように成長していくのでしょうか。日本の外交史の始まりに触れながら、幕末を俯瞰できる楽しみな作品です。
目次
第一章 勇往邁進
第二章 疾風勁草
第三章 射石飲羽
第四章 震天動地
第五章 改過自新
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『万波を翔る』(木内昇・日本経済新聞出版社)