野口卓さんの『羽化(うか) 新・軍鶏侍』(祥伝社文庫)を読了しました。
南国の藩・園瀬(架空の地)を舞台に、剣術道場を営むかたわら、軍鶏を飼育する「軍鶏侍」こと、岩倉源太夫がその家族や師弟を中心に繰り広げられる、ファミリー時代小説シリーズの第3弾です。
本書の表題作「羽化」から「兄妹」「異界」の連作3編は、源太夫の息子幸司にスポットライトを当てて描かれています。剣術に恋に、いろいろ思い悩みながらも、蛹から蝶に羽化するように短期間で大きく成長していく幸司の姿が何とも眩しくて、爽快感を感じます。
「異界」の章では、源太夫の「軍鶏道場」に、次席家老の九頭目一亀(くずめいっき)が突然やってきて幸司を指名して竹刀を交わします。幸司に籠手を取られた一亀は、その日の夕方、源太夫を呼び出して、幸司にある大役を命じます。
終章の「ひこばえ」で、岩倉家の下男・権助が老衰により、苦しんだ様子も見せずに眠るように亡くなりました。源太夫は、父の代から下男として仕えてきた権助の実際の年齢も、生国も家族も、父に仕えるまで前半生も知らない状態でした。
下男にとどまらず、長年、軍鶏の飼育を一手に担当し、源太夫に助言を与えるパートナーでもありました。生家を襲った悲劇により心を捻じ曲げていた軍鶏道場の弟子・大村圭二郎の再生に力を貸したり、出生の秘密に触れて失踪した源太夫の息子龍彦を立ち直らせたり、軍鶏道場に欠かせないファミリーの一人であり、人生の師匠でもありました。
「権助と話しておると、まるで鏡のように自分の姿が映って見える気がしたものだ」という、参会者の言葉が印象に残ります。
町奉行所への死亡届から、早桶の調達、湯灌、通夜、葬儀まで、江戸時代の弔いの様子が綴られていきます。次第にその死が実感をともなってゆき、権助の死を悼み集まってきた人々の姿と相まって、目頭が熱くなり、自然と涙がこぼれてきました。
「軍鶏侍」シリーズの名場面が回想されて、権助が作品の中で果たしてきた役割が思い出されました。
「権助が旦那さまに見せたのは、古い幹の横手から芽を出して、まさに開こうといしている最初の双葉だったの。ひこばえ、って言うそうです」
(『羽化 新・軍鶏侍』「ひこばえ」P.309より)
作者は、哀しみの後に、権助から生まれた「ひこばえ」のような存在を用意してくれていました。
★書誌データ
『羽化 新・軍鶏侍』
著者:野口卓
出版社:祥伝社・祥伝社文庫
令和元年9月20日 初版第1刷発行
310ページ
カバーデザイン:芦澤泰偉
カラーイラスト:村田涼平
目次
羽化
兄弟
異界
ひこばえ
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『軍鶏侍』(野口卓・祥伝社文庫)
『羽化 新・軍鶏侍』(野口卓・祥伝社文庫)