『ハヤカワ ミステリマガジン 2019年11月号』の特集は、ミステリの早川書房から新たに生まれた時代小説レーベル、<ハヤカワ時代ミステリ文庫創刊> です。
レーベル創刊を記念して、時代小説特集。ミステリファンはもとより、時代小説ファンも大満足の一冊です。
新刊が好調な稲葉一広さんの「戯作屋伴内捕物ばなし 天火の怨念」のほか、大塚卓嗣さんの「脱兎」、霜月りつさんの「読み本屋のワラシさま」の短編を掲載。「脱兎」は森蘭丸の兄・森長可が主人公です。
冬月剣太郎さんの「陰仕え 石川紋四郎」は長編の冒頭(第一章)を先行掲載しています。主人公・石川紋四郎は愛妻家で食道楽、目下の悩みは薄毛で髷を結うことができなくなることに悶々としながら、公儀の敵対勢力を斬る“陰仕え”の命を帯びていました……。
荒俣宏さんの長編時代小説「夢中伝――福翁余話」の第二話も収録しています。福沢諭吉が激動の幕末を生きた一人の志士との出会い、庄内藩の運命を決定づけた薩摩藩邸討ち入り事件の顛末を語ります。
文芸評論家の細谷正充さんによる、「翻訳ミステリジャンル別 お勧め時代小説ガイド」のセレクションが楽しいです。
【サイコ】【トリック】【サプライズ】【ノワール】【倒叙物】【名探偵】【冒険】【ハードボイルド】など、11のジャンルで1作ずつ時代小説を紹介しています。
早川書房といえば、アガサ・クリスティーのミステリは欠かせませんが、【クリスティー】のジャンルで、鳴神響一さんの『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』をおすすめ本として挙げています。
誉田龍一さんへのインタビュー記事では、新作『よろず屋お市 深川事件帖』がP.D.ジェイムズの『女には向かない職業 女探偵コーデリア・グレイ』へのオマージュ作品であることが執筆の動機として語られていて興味深く読みました。個人的なことですが、誉田さんの海外ミステリ歴が、私自身の体験と似通っていてうれしくなります。
ようやく時代小説文庫を創刊できた…………。葉室麟さんに依頼をして『オランダ宿の娘』を出させていただいて十年――自分の中で文庫創刊は悲願でした。学生の頃、『龍を見た男』(藤沢周平)を読んで市井の人々がたくましく生きる姿に感動。時代小説は心躍る読書の楽しみを与えくれました。(後略)
(『ハヤカワ ミステリマガジン 2019年11月号』「編集後記」より)
一編集者の読者体験から生まれた新レーベル。ミステリと時代小説のマリアージュ、その行方を見守っていきたいと思います。
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『ハヤカワ ミステリマガジン 2019年11月号』(早川書房)
『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一・幻冬舎文庫)
『女には向かない職業 女探偵コーデリア・グレイ』(P.D.ジェイムズ・ハヤカワ・ミステリ文庫)
『よろず屋お市 深川事件帖』(誉田龍一・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『オランダ宿の娘』(葉室麟・ハヤカワ文庫JA)
『龍を見た男』(藤沢周平・新潮文庫)