江戸の町奉行というと、大岡越前守忠相や遠山左衛門尉景元(遠山の金さん)、根岸肥前守鎮衛(『耳嚢』の筆者)が有名。北町奉行だった遠山の金さんと同時代(天保期)に南町奉行を務めた人物に鳥居甲斐守忠耀(耀蔵)がいる。
鳥居耀蔵は、天保の改革を断行した老中水野忠邦に引き立てられて目付から南町奉行に就く。耀蔵は、質素倹約、綱紀粛正などを執拗にかつ陰険に厳しく取り締まったため、「耀蔵(よう・ぞう)」と「甲斐守(かい・のかみ)」から取って「妖怪(ようかい)」とあだ名され、人々から忌み嫌われた。
天保の改革の終盤、水野が上知令(あげちれい)を発令し、大名・旗本などの反発を買った際に、耀蔵は反対派に寝返り、結果、水野は老中を罷免される。その後、再び老中に返り咲いた水野によって、耀蔵は職務怠慢・不正を理由に解任され、身柄を丸亀藩京極高朗に預けられる。(弘化二年)
上知令とは、天保十四年に水野忠邦により断行される。江戸・大坂十里四方を幕府直轄領として、その地域に領地をもつ大名・旗本に代替地を与えるもの。大名や旗本は先祖代々の土地を失うことを嫌い、農民たちの間でも反対の動きがあり、さらに該当地域に領地をもつ御三家や老中の間からも強い批判が生まれ、上知令は撤回される。
『時代小説 読切御免 第四巻』に収録された平岩弓枝さんの「老鬼」は、明治維新後の恩赦で釈放され、江戸に戻った鳥居耀蔵を描いた短篇小説。厳格で自己中心的な性格ゆえに、不器用に生きざるをえない耀蔵の晩年が鮮やかに浮かび上がる作品。平岩さんには耀蔵の半生を描いた『妖怪』という長編小説もある。ちなみに、耀蔵は、宮部みゆきさんの『孤宿の人』の主人公加賀殿のモデルでもある。
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