北原亞以子さんの『消えた人達』を読みました。十手持ちで鰻屋の若旦那の爽太が活躍する捕物シリーズ「爽太捕物帖」の第2弾ですが、1作目の『昨日の恋』を読んでいなくても楽しめる作品になっています。
- 作者: 北原亞以子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1999/04
- メディア: 文庫
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あれは丙寅の年、文化三年三月四日のことだった。昼九つ、芝の車町から出た火は、翌五日の昼四つまで、丸一日以上かけて芝から浅草まで焼きつくした。焼野原となった町の数は五百三十余町、そのほか諸藩江戸屋敷八十三、名のある寺院神社もおよそ九十箇所が焼け落ちたという。
死者は、川へ逃げて溺死した者を含めて千二百人を超えた。傷を負った者は、かぞえきれなかったにちがいない。一時は、ほとんどの人が逃げ遅れたという噂さえ流れたのである。
(『消えた人達』P.19より)
「火事と喧嘩は江戸の華」といわれる割には、江戸の大火を描いた時代小説は、さほど多くないように思われます。江戸の三大大火のひとつ、文化三年の大火(車町の火事、丙寅の火事ともいう)を描いた作品もすぐには思い浮かびません。
『消えた人達』は、大火そのものを描いてはいませんが、大火によって人生を変えさせられてしまった人達が登場します。
主人公の爽太は、芝神明町の紅白粉問屋の一人息子に生まれながら、九歳のとき、大火で両親と店を失っています。鰻屋「十三屋」の十兵衛に身元を引き取られるまで三年間、同じような境遇になった徳松、竹次郎、梅吉らと仲間を組んで盗みをして暮らしていました。
大火から15年が経ったある日、当時の仲間の一人、弥惣吉の女房おせんが、「探さないでくれ」と置手紙を残して消えてしまったという。おせんは、おとなしくて美人、健気で評判の女。爽太はその行方を探すことに…。
爽太は、消えた弥惣吉の女房を追って、中山道を旅することになります。捕物に道中物の妙味も加わり、楽しめます。男女の心の機微が情感を込めて描かれる、世話物狂言のようなところが、北原時代小説の魅力のひとつですが、本作でもその要素は堪能できます。
■目次
弥惣吉の女房
川越
絵姿
二人の女
隠れ家
暮春
驟雨
中山道
高崎宿
安中にて
解説 杉本章子
- 作者: 北原亞以子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2010/03
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『爽太捕物帖 消えた人達』
北原亞以子著
文春文庫
590円+税
318ページ
カバー:蓬田やすひろ
時代:文化三年の大火のとき9つだった爽太が、今、24歳。(文政四年か)
舞台:芝神明社、芝露月町、柳原の土手、竹河岸(京橋炭町)、三十間堀一丁目、通油町、相生町、上野不忍池中島、伏見町、板橋宿、市ヶ谷谷町、千住、川越、浦和、大宮宿、桶川、深谷、本荘、高崎、安中