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アル中の家老が主人公の傑作時代小説

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羽太雄平(はたゆうへい)さんの『家老脱藩 与一郎、江戸を行く』を読んだ。『峠越え』『新任家老 与一郎』に続く、「与一郎」の第三弾である。このシリーズの魅力の一つは、主人公が家老という設定。もっとも、第一作の『峠越え』では筆頭家老榎戸弥次郎衛門の嫡男でありながら、御厩方を務める藩士として登場する。その与一郎が藩内の抗争・騒動を治める活躍をし、やがて隠退する父の代わりに家老の座につく。藩内で次々に起こる騒動を治める活躍の中で、その後も順風満帆な成長を遂げると思われていた。

峠越え (角川文庫)

峠越え (角川文庫)

新任家老 与一郎 (角川文庫)

新任家老 与一郎 (角川文庫)

 すべての光景が極端な遠近によって成り立ち、動きがめまぐるしいほどに疾かった。身構えようとする身体は重く、むるに動かそうとすると、目まいを覚え、やたらに喉が渇いた。

(『家老脱藩 与一郎、江戸を行く』P.5より)

「脱藩」と題された不穏なタイトルをもつ、この第三作の冒頭で、与一郎は江戸に出府する。五年ぶりに江戸に出てきた用向きは、藩主石見守成重の新しい側室選定であった。供には、もと目付頭の奥山左十郎が同行したが、その理由は別にあった。父の弥次郎衛門が病に臥せ、姉の七重が亡くなってから酒浸りになり、酒毒に侵された与一郎を酒から引き離すには国許では難しいという判断があった…。

江戸藩邸で酒量を制限された中で盗み飲みをしたり、さらには、町宿で酒を入手しようと初午で賑わう大岡屋敷の近くで紙入れを掏られたあげくに、スリの仲間の地回りの殴る蹴るの袋叩きにされてしまう。甲源一刀流の剣士であった与一郎を知る1作目からのファンには信じがたい展開が続く。どうした与一郎。

その秘密は読み進むうちに明らかになる。今回も、羽太さんらしい伝奇色があってスケールが大きな政治抗争劇が楽しめるエンターテインメント時代小説に仕上がっていて面白かった。鈴木春信の錦絵にも描かれた笠森稲荷のお仙の孫にあたる幕府のお庭番も絡んできて、何とも楽しい。自分の想定を超える結末が用意されていただけに、今後、このシリーズがどのような展開を見せるのか気になるところだ。