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「様子のいい大人」が続々登場する時代小説

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山本一力さんの『峠越え』を読んだ。文庫版の帯に、“「様子のいい大人」が続々登場”というキャッチコピーが書かれている。山本さんの作品の魅力の一つが、「様子のいい大人」が登場することだ。「様子のいい大人」とは、仲間が辱められようとするとためらわず守り、相手に恥をかかせずに場を収めたり、人との関わり合いを大切にし、人の心を推し量ることができる。そんな立ち居振る舞いや言葉遣いができる人のことだろう。

峠越え (PHP文庫 や 40-1)

峠越え (PHP文庫 や 40-1)

深川冬木町の裏店に住む新三郎は、遊女になる女をスカウトする女衒(ぜげん)を生業にしていた。仕事上の不首尾から、二カ月間で代わりの女を仕込んでくるか、二百両を作るか、女衒の元締め・土岐蔵と約束をする。女を仕込みに出向いた相州藤沢宿の近くで壺振りのおりゅうと出会い、借金返済と女衒から足を洗うために、江島神社の裸弁天を江戸へ持ってきて公開する「出開帳」を思い立つ…。

女衒というと共感をもちにくい設定だが、新三郎は女を騙して苦界に沈めるような阿漕なことはせずに、生活に困っている女性に遊女の仕事の正味を話して相手が納得した上で江戸へつれてきている。日ごろの生活ぶりも酒や女にのめりこんですさんだ暮らしをしているわけではなく、長屋付き合いもできていて、現代人のわれわれよりもまっとうな生き方をしているくらいだ。

強面ながら、「様子のいい大人」の一人が女衒の元締め、阿弥陀如来の土岐蔵。主人公の新三郎に難題を与えたり、厳しい声を掛けたりしながら、筋道を通し、器量を見せたときにはしっかり評価する。ほかにも土岐蔵から紹介される江戸のてきや(香具師)の四天王の大門屋富五郎、八幡組東六、白酒の大三郎、梅鉢の喜久蔵も、「様子のいい大人」たちだ。物語の後半では、新三郎とおりゅうは、土岐蔵とてきやの四天王を久能山の権現参りに連れて行くという、ツアーコンダクターの難仕事が命じられる…。箱根の峠越えがあるこの旅は、二人にとって命がけで越える「人生の峠」でもある。

時折、テレビなどで拝見する山本さんの「様子のいい大人」ぶりと、五人の親分衆の立ち居振る舞いを重ね合わせることができる。この役割はかつては池波正太郎さんの独壇場だったように思う。池波さんのエッセイや「鬼平」「剣客」「梅安」シリーズで、男磨き、女磨きをした人も少なくないだろう。今、「様子のいい大人」を目指すなら、「江戸しぐさ」や「品格」を読むこともいいが、やはり山本さんの時代小説を読むのがいちばんだ。大人の教養小説であるばかりか、物語自体が痛快で文句なしに楽しめるのがいい。

『峠越え』では、本所回向院の出開帳が題材に描かれていた。江戸の出開帳に興味がある方は、安藤優一郎さんの読み物『観光都市 江戸の誕生』がおすすめ。

観光都市 江戸の誕生 (新潮新書)

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