今井絵美子さんの『雁渡り 照降町自身番書役日誌』を読んだ。自身番とは江戸の町の警備のために設けられた番屋のこと。書役(かきやく)は町名主の補佐として自身番に詰めて、諸々の事務にあたっていた。
この物語の主人公書役の喜三次は、元の名を生田三喜之輔といって、瀬戸内の小藩で代々祐筆頭を務める家柄の次男坊だった。ゆえあって三年前に武士を捨て江戸に出てきた、三十五歳の独り者。今は本小田原町の魚の仲買の竹蔵の自宅に間借りしている。国にいるときに、北辰一刀流村雨道場の奥ゆるしを得て、御前試合で他流派の猛者を総なめにしたこともある剣の達人でもある。
第一話「雁渡り」
思案橋で三十がらみの女に置き去りにされた、五歳ぐらいの女の子が照降町自身番に届けられた。消えた女の行方はつかめず娘は何を聞いても答えなかった。娘は自身番の向かいにある木戸番小屋の夫婦おすえと伊之吉に面倒を見られることになった……。
第二話「あんちゃん」
高砂町の料亭菊之屋で下働き奉公をするおきぬは、中気で寝たきりの元・雪駄職人の父を抱えていた。菊之屋の板前の政太に思いを寄せていたが、ぐれて家を出た兄の丑松のことが気にかかっていた……。
第三話「猫字屋」
髪結床猫字屋は照降町自身番の斜交いにあり、隣は木戸番小屋である。猫字屋の主のおたみには、店を手伝う十七歳の娘のおよしと廻り髪結いをしている二十二歳になる息子の佐吉がいる。佐吉が定廻り同心の下についてお上の御用を務めたいとおたみに懇願した……。
第四話「かへり梅雨」
紫陽花だけが名所という貧乏長屋・紫陽花店の紫陽花が今年は咲かないという。その不審さが自身番で話題になった。紫陽花店に住む浪人夫婦の存在を知り、喜三次は自身の過去と照らして複雑な思いにとらわれた……。
第五話「声」
傘問屋の内儀の鶴江が小梅の別荘で殺された。隣室で寝ていた五歳の娘・玉緒は、襖越しに犯人の声を聞いたが、全身が萎縮して凝り固まり、動くことも声を出すこともできなかった。事件以来、玉緒は1カ月たっても声を出すことができなくなってしまい、犯人も捕まらないままだった……。
本のサブタイトルやシチュエーションを考えると、捕物小説の分野に入りそうだが、第五話を除くと、事件は起こっても捕物らしい捕物は描かれていない。江戸の町に暮らす人々の生活の一部を切り取って描く市井小説の色合いが濃い。北原亞以子さんの『深川澪通り木戸番小屋』シリーズを想起させる。暑い時期に読むのはどうかとも思うが、心がじんわりと温かくなる時代小説である。
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- 作者: 北原亞以子
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