和田はつ子さんの『口中医桂助事件帖 南天うさぎ』を読んだ。主人公の藤屋桂助は、二十歳をいくつか出た年で、長崎で修業を積んだ口中医(歯と口の医者)。実家は、日本橋随一の呉服問屋。
当時、口中医は兼康家、親康家など代々世襲が多く、こうした格式ある口中医にかかることができるのは、公家や武家の人たちに限られていた。また、小野玄人を祖とする庶民相手の開業歯科医は、口中医同様に治療代が高く、裕福な商人など金持ちでなければ掛かることができなかった。
桂助は、
「わたしは、人の糧は日々の食べ物にあると思っております。そしてその糧は、口や歯を通さねば身体に行き渡りません。口や歯は大事です。わたしはただ、自分の心の信じるままに口中医を天から授かった職と思い、日々を送っているだけでございます」
やっと答えることができた。
(『口中医桂助事件帖 南天うさぎ』p.219)
桂助は、自身の歯科技術と知識をもって、歯痛に苦しむ人たちを日々、一人でも多く助けたいと思っている。そのために、わずかな治療費しかとっていない。
ある日、桂助のもとに、棒手振りの魚屋が運び込まれた。半月前に歯の痛みを訴えて桂助のところを訪れた男だったが、その場では歯を抜かずに膿を出して治療し、腫れ痛い歯を抜くのはやめるように諭して帰していた。魚屋の歯はまた痛み出したが、なあに大丈夫とたかをくくって、仕事に追われていた。それでも歯は痛み続け、片頬は河豚のように腫れ上がった。それでついにこらえきれずに、大道芸の手伝いをして歯を抜いてもらったが、その夜から高い熱が出て床から起き上がれなくなったという……。
『口中医桂助事件帖 南天うさぎ』は、口中医の桂助を主人公とした連作形式の捕物小説。桂助を支えるのが幼なじみで薬草の知識をもつ志保と、腕のいいかざり職人ながら、内職で当時歯ブラシ代わりに使われていた房楊枝(ふさようじ)作りを手伝う鋼次。お歯黒が虫歯予防に効果があったとか、房楊枝の材質が男女で違っているとか、江戸時代の歯医者事情がよく伝わってきて興味深い作品である。他の作品も読みたくなった。
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