歴史上の人物で好きな人は?と聞かれると、田沼意次と答えることが多い。毀誉褒貶が著しいことと、栄光と挫折が人生の中に見られること、当時としては画期的なマクロ的なものの見方などから、評価している。
それだけに、時代小説において、ヒーローとして描いても感情移入がしやすいし、ヒール(悪役)やトリックスターとして描いても面白い。上田秀人さんの最新作『蜻蛉剣』に登場する田沼意次も何ともいえない存在感があっていい。
『竜門の衛』で南町奉行所定町廻り同心として登場した三田村元八郎は、その活躍ぶりが将軍吉宗に認められ、将軍家見聞役を任じられ、九代将軍家重=大岡忠光に仕えることに。『孤狼剣』『無影剣』『波濤剣』『風雅剣』と、元八郎は、得意の宝蔵院一刀流を揮い、敵を倒していく。その間、お庭番の娘村垣香織を妻に迎え、娘冴香を産み、忍びとして育てる。
シリーズ第6弾の『蜻蛉剣』は、加賀藩の抜け荷をめぐる疑惑に着目した田沼意次が、徒目付に探索を命じたことから物語は始まる。背後に、隣国福井藩領に漂着した朝鮮の船、京での尊皇論者竹内式部と彼を支持する公家衆への処罰(宝暦事件)などが描かれている。
今回も波乱万丈のストーリーで結末まで一気に読ませる。加賀藩が抱える秘事とは? 元八郎の前に立ちはだかる、能登忍(のとしのび)、徒目付、お庭番(明楽家)、土佐の一領具足。朝廷や土佐藩、朝鮮をも巻き込んだスケールの大きな作品。第1作に匹敵する、シリーズ中の最高傑作だと思う。
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