あの世に晦め――「くらまし屋」の登場
今村翔吾(いまむらしょうご)さんの文庫書き下ろし時代小説、『くらまし屋稼業』がハルキ文庫より刊行されました。
「羽州ぼろ鳶組」シリーズで大ブレイク中の著者による新シリーズです。
万次と喜八は、浅草界隈を牛耳っている香具師・丑蔵の子分。親分の信頼も篤いふたりが、理由あって、やくざ稼業から足抜けをすべく、集金した銭を持って江戸から逃げることに。
だが、丑蔵が放った刺客たちに追い詰められ、ふたりは高輪の大親分・禄兵衛の元に決死の思いで逃げ込んだ。禄兵衛は、銭さえ払えば必ず逃がしてくれる男を紹介するというが……。
「この江戸には大金さえ払えば、神隠しのように姿を消してくれるって奴がいるらしいのさ」
そう、今シリーズは、依頼により、失踪を手助けする「くらまし屋稼業」がテーマです。
くらまし屋七箇条
一、依頼は必ず面通しの上、嘘は一切申さぬこと。
二、こちらが示す金を全て先に納めしこと。
三、勾引かしの類でなく、当人が消ゆることを願っていること。
四、決して他言せぬこと。
五、依頼の後、そちらから会おうとせぬこと。
六、我に害をなさぬこと。
七、捨てた一生を取り戻そうとせぬこと。七箇条の約定を守るならば、今の暮らしからくらまし候。
約定破られし時は、人の溢れるこの浮世から、必ずやくらまし候。
(『くらまし屋稼業』P.14より)
くらまし屋は、子供相手の飴細工屋をしている、三十を少し過ぎた元武家の堤平九郎がリーダーを務めています。
日本橋堀江町二丁目にある居酒屋「波積屋」を拠点にし、「波積屋」で働く長身の美人・七瀬と、「波積屋」の常連で博打好きの美男子・赤也が、それぞれ特技を生かしてくらましを手伝います。
「そんなご無体な……今、外へ出ていったらすぐに捕まってしまいやす……」
「それは儂の与り知るところじゃあない」
「何卒、もう一度……」
なおも縋る万次に対し、禄兵衛は二度三度頷いてみせた。
「儂だって鬼じゃあない。いい人を紹介してあげましょうよ。ただし自分の金で頼むならね」
「いい人……?」
万次は身を乗り出した。命あっての物種とはよくいったもので、この状況を打開出来るのならば金が掛かるのも致し方ない。
「ま、簡単に言えば裏稼業の男さ」
(『くらまし屋稼業』P.71より)
集金した金を持ち逃げした万次と喜八は、丑蔵の追手により、江戸で逃げる場所が無くなり、香具師の大親分・禄兵衛が営む旅籠上津屋に逃げ込みます。
その上津屋も、面子を懸けた丑蔵の二十日以上に及ぶしつこい張り込みによって旅籠商売に支障が出て、禄兵衛は万次と喜八に上津屋から出ていってもらう代わりに、くらまし屋を紹介します。
平九郎は風雲急を告げていることを語った。
「なるほど……丑蔵はえらく本気ね」
七瀬も同じ感想を持ったらしい。
「お前もそう思うか。持ち逃げした百五十両は大金だが、丑蔵の身代を揺るがすほどじゃねえ」
「裏があるんじゃない」
「例えば?」
「それは解らない。でも丑蔵が躍起になるほどの何か」(『くらまし屋稼業』P.125より)
そう、実は丑蔵には、お金を取り返したり、面子を守ったりする以上に、万次と喜八をどうしても逃がせない事情がありました。
その事情が明らかになっていくにつれて、物語は俄然、サスペンス度が高まっていき、ページを繰る手にも力が入っていきます。
万次と喜八が匿われている上津屋から、蟻の子一匹抜け出せないような状況の中で、くらまし屋の三人がどんな風に二人をくらますのか、最大の読みどころの一つです。
七瀬は頭脳を使ってくらましの筋書きを作り、変装の名人・赤也は重要な役割を演じます。そして、平九郎は類まれな剣技を発揮します。ハラハラドキドキが止まりません。
本書は第1巻ということで「くらまし屋」のお披露目的な要素もあって、2巻目『春はまだか くらまし屋稼業』へさらに期待が高まります。
◎書誌データ
『くらまし屋稼業』
出版:角川春樹事務所・ハルキ文庫・時代小説文庫
書き下ろし
著者:今村翔吾
装幀:芦澤泰偉
装画:おおさわゆう
第一刷発行:2018年7月18日
640円+税
285ページ
●目次
序章
第一章 足抜け
第二章 隠れ家
第三章 江戸の裏
第四章 道中同心
第五章 別れ宿
終章
解説 吉田伸子
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『くらまし屋稼業』(今村翔吾・ハルキ文庫)
『春はまだか くらまし屋稼業』(今村翔吾・ハルキ文庫)