和田はつ子さんの文庫書き下ろし時代小説、『口中医桂助事件帖 毒花伝(どっかでん)』が小学館文庫より刊行されました。
長崎仕込みの知識で、虫歯に悩む人たちを次々と救う口中医・藤屋桂助が活躍する江戸の歯医者さんシリーズ第15弾です。
桂助は、虫歯によって歯無しになった人々が生きる希望を失ってしまうことに心を痛めていた。品川宿から骸で見つかった男は千住品三郎といい、桂助が手当てして歯を抜いた患者だった。
その品川では同じ頃、ツクヒ(破傷風)で死んだ男が見つかり、その遺体を焼いた男も不審な死をとげていた。続いて、投げ込み寺で見つかった八つの不審な死体にも、全員歯が無かった。
調べを進めるうちに、鋼次が何者かに連れて行かれ、そこに記憶を失った志保が現れる……。
主人公の藤屋桂助は、〈いしゃ・は・くち〉を開業している口中医で、歯抜き、歯草(歯周病)等の治療を行っています。烏頭を主とした麻酔代わりの薬を塗布する、痛みの少ない歯抜きには定評があり、歯草の患者には、常に歯茎を清潔に保つべく、ヤナギ等の木を用いた房楊枝が欠かせません。
かつては、町医者佐竹道順の娘志保が手伝いに通ってきてくれていました。また、房楊枝職人の鋼次とは、虫歯で苦しんでいるところを桂助が助けて以来、無二の間柄となり、桂助が注文した房楊枝を納めると称して、毎日のように〈いしゃ・は・くち〉を訪れたものです。
その後、志保は桂助の前から姿を消し、鋼次の方も、諸国銘茶問屋の娘美鈴に惚れられて所帯を持ち、二人の間には女の子が生まれたことで、〈いしゃ・は・くち〉からは足が遠のいていました。
桂助は、昔の仲間に置き去りにされているという、焦りに苛まれるようになっていました。
このところ、桂助は切に口中医としての自分の技量に限界を感じていた。
――空しく歯抜きだけを生業にしているような気がする――(中略)
――とはいえ、抜くか抜かないか決めるだけで、むしばを抜かずに治療することなどできはしない。一度むしばに取り憑かれた歯は、何年か後必ず抜く羽目になるのだ。何とか、むしばを長持ちのする元気な歯に戻すことはできないものか?――
(『口中医桂助事件帖 毒花伝』P.8より)
桂助は知り合いの医療道具商の主から、横浜の居留地で見聞したという、メリケン(米国)で開発された口中治療に使う道具とその方法が気になっています。
〈いしゃ・は・くち〉に、歯の痛みのため大事な剣術の試合に出られず、自害したいという若侍・千住品三郎がやってきました。診てみると、品三郎の口中はひどい虫歯だらけで、一部歯草になっている歯茎もあるほど。虫歯はどれも抜くしかない状況で、桂助は、塗布麻酔をして、すべての虫歯を抜きました。
品三郎は、治療後、少しも痛まないとわかったとき、喜びにむせび泣き、自害をする気も霧消して意気揚々と帰っていきました。
品川宿で裸で簀巻きにされ、顔も体も腐りかけてだいぶ傷んだ状態でた骸が発見されました。南町奉行所定町廻り同心友田達之助と下っ引きの金五とともに、骸を検屍した桂助は、口中に歯が一本も無く、歯抜きの跡から、死体が品三郎の変わり果てた姿であることに気付きました。
何者かに殺された品三郎の無念を晴らすため、桂助は友田たちと調べを進めることに……。
本書の魅力は、(とくに幕末近くの)江戸の歯科事情や治療法がきちんと描かれている点が挙げられます。とくに、今回の話では、歯抜き後の人々の想いがきっちりと描かれていて、物語の大きなテーマになっています。
歯を抜いた後、総入れ歯にあたる、柘植で作られる木床義歯は高価なので、歯茎を鍛えて食物を噛む、土手噛みが一般的だったようです。
土手噛みに慣れて長じるようになると、食べることを楽しめるわけだが、土手噛みを覚える前に、胃腸障害で亡くなったり、拒食症になったり、容姿が変わることでの心理的な落ち込みから命を絶ったりすることもあるという。
このシリーズを読むと、江戸ではなく、現代に生きていて本当に良かったと思います。日々の歯のケアを怠ってはいけないと、肝に銘じるようになります。
さて、調べを進める桂助たちは、品川で連続して発見された死体や、投げ込み寺で見つかった八体に及ぶ不審な死体を通じて、一連の事件の背後には、歯無しになった人々の苦しみにつけ込む、事件の黒幕がいることに行き当たります。
◎書誌データ
『口中医桂助事件帖 毒花伝』
出版:小学館・小学館文庫
書き下ろし
著者:和田はつ子
カバーデザイン:ジン・グラフィック
カバーイラスト:安里英晴
初版第1刷発行:2018年5月13日
610円+税
296ページ
●目次
第一話 たまごの実
第二話 桂助香り草
第三話 花散る寺
第四話 檜屋敷
あとがき
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『口中医桂助事件帖 毒花伝』(和田はつ子・小学館文庫)(第15弾)