辻堂魁さんの『夕影 風の市兵衛』(祥伝社・祥伝社文庫)は、“算盤侍”唐木市兵衛が活躍する、大人気シリーズの第13作です。
渡り用人を生業にする“算盤侍”唐木市兵衛は、旗本の三宅庄九郎の依頼で、普化宗に入宗した末に病死したらしい末息子の消息を調べに、下総葛飾郡を目指していた。親友で公儀小人目付の返弥陀ノ介から出立に際して伝言を託される。葛飾近辺の貸元吉三郎に匿われている女宛てのものだった。
道中、市兵衛は人徳者だった吉三郎が闇討ちされたことを知る。跡目を継いだのは、お高・お登茂・お由の三姉妹で、市兵衛はその手下を偶然助けたことから、やくざ者の縄張り争いに巻き込まれる……。
今回の物語の舞台は、帝釈天でおなじみの柴又と南北に流れる江戸川を中心に、北に松戸や金町、東に国府台、西に亀有や新宿(にいじゅく)といった葛西周辺。松戸の小金には、普化宗の関東総本山一月寺もあります。時代小説でおなじみの虚無僧の実態についても詳述されていて興味深いです。
「葛西は、田数一千五百六十二町、畑地は六百五十町以上。七割におよぶ田地は土性が肥えており、五穀のほかに蔬菜も多い。金町新宿の葱、青戸の漬菜、細田の茄子、堀切の蕪や草花、下小松の小松菜。蔬菜ばかりではなく、屋根瓦や七輪、鍋釜、植木鉢、正月用のしめ飾り、上平井村のふのり。みな江戸に送られ、利を上げておる。そういう物を数え上げればきりがないほど、豊かな土地柄だということだ」
この米や野菜がよく取れる肥沃な地、葛西の利権を巡って、男たちが暗躍する。そして、狙われるのは、村人の信頼も厚い貸元一家。そこに現れるのが我らが市兵衛です。
今回の読みどころの一つが、第一作の『風の市兵衛』で鮮烈な印象を残した、唐出身の美人の殺し屋、青(せい)が再登場すること。しかも、冒頭でいきなりショッキングな形で登場し、読者をグイと物語に引き込みます。
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『夕影 風の市兵衛』
『風の市兵衛』