2024年時代小説(単行本/文庫書き下ろし)ベスト10、発表!

美大出身の新米鑑識隊員の失敗と奮闘を描く警察小説、開幕!

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

湘南機動鑑識隊 朝比奈小雪|鳴神響一|徳間文庫

湘南機動鑑識隊 朝比奈小雪 (徳間文庫)
人気の書き下ろし警察小説「脳科学捜査官 真田夏希」シリーズでおなじみ、鳴神響一(なるかみ・きょういち)さんの書き下ろし警察小説の新シリーズ、『湘南機動鑑識隊 朝比奈小雪』(徳間文庫)を紹介します。

警察小説のなかで鑑識隊員が主人公というのは、珍しいのではないでしょうか。鑑識とは、死体が発見された現場に真っ先に駆けつけ、刑事部が自殺・事故死・殺人事件のいずれかを判断するために、証拠を採取する役割を担います。殺人事件として捜査が進む場合でも、基本的に鑑識は捜査には直接かかわらないため、警察小説では脇役にとどまることが多い存在です。

本書は、その鑑識という仕事の特殊性に着目し、新米鑑識隊員の奮闘を描く意欲作です。

物語のあらすじ

鑑識体制の強化を目的に新設された機動鑑識隊江の島分駐所。湘南地域で発生した事件に二十四時間対応する遊軍部隊です。新米鑑識員・朝比奈小雪(あさひな・こゆき)の初出動は、散々な結果に終わりました。転落死した遺体の惨状に衝撃を受け、失神してしまったのです。名誉挽回を期して向かった次の現場で、小雪は「奇妙な足痕」を発見しますが――。「最強鑑識部隊」の活躍を描く新シリーズ、堂々開幕!

(『湘南機動鑑識隊 朝比奈小雪』カバー裏の紹介文より抜粋・編集)

ここがポイント

主人公の朝比奈小雪は、初出動のわずか一週間前まで川崎市麻生警察署の地域課に所属し、新百合ヶ丘駅前交番に勤務していました。念願かなって鑑識への異動が叶い、神奈川県警本部の機動鑑識隊、江の島分駐所勤務となったばかりの新米隊員です。

彼女がユニークなのは、美術大学出身で、事務職員として働きながら警察官試験に合格した経歴を持つこと。そして、実家は江の島にある休業中の古い旅館で、父親は日本有数の洋画家という家庭環境に育ったことです。小雪自身は筆での表現力には恵まれませんでしたが、色彩と形の識別能力、把握力に優れ、美学を専攻していました。

そんな小雪は、初出動の現場で15メートルから転落死した遺体を目にし、衝撃で意識を失ってしまいます。さらに、被害者の自宅で異様なものを発見し、再び失神と嘔吐を引き起こしてしまうという大失態を演じ、その日の鑑識活動から外されることになりました。

鑑識隊員としてあるまじき失敗に、「自分は鑑識に向いていないのでは」と自信を失う小雪。しかし、浦賀で発生した老人の変死事件現場で、小雪は犯人が残したと思われる「奇妙な足痕」を発見します。「迷いなき男」と名付け、鑑識隊の仲間たちに情報を共有しますが――。

本書では、鑑識が殺人事件の捜査に直接関わらないという事情を逆手に取り、連作短編形式で、初動捜査における証拠採取に焦点を当てています。そして、鑑識隊員たちが集めた証拠がどのように捜査に役立ったのかを、後日談のかたちで描く構成になっています。事件の全体像を想像する楽しみもあり、非常に新鮮な読み味でした。

また、大きな失敗を経験しながら、鑑識に必要な資質を少しずつ学び成長していく小雪の姿も見どころです。とくに、彼女の卓越した識別能力や色彩感覚が、今後どのように鑑識の仕事に生かされていくのかに注目したいところです。

小雪の職場である江の島分駐隊のメンバーたちも個性豊かで、鑑識は個人プレーではなく、チームプレーであることが伝わってきます。小雪の教育係でもある機動鑑識隊管理官・蜂須賀補佐の温かな存在も、物語に癒しを与えています。

今回取り上げた本


書籍情報

湘南機動鑑識隊 朝比奈小雪
鳴神響一
徳間書店・徳間文庫
2025年4月15日初刷

カバーフォト:iStock
カバーデザイン:印南貴行(MARUC)

目次:
プロローグ
第一章 機動鑑識隊の責務
第二章 死因へのこだわり
第三章 迷いなき男
第四章 ひらめく時間
第五章 鑑識の値打ち

本文268ページ
書き下ろし

鳴神響一|作品ガイド
鳴神響一|なるかみきょういち|時代小説・作家1962年、東京都生まれ。中央大学法学部卒。2014年、『私が愛したサムライの娘』で第6回角川春樹小説賞を受賞してデビュー。2015年、同作品で第3回野村胡堂文学賞を受賞。時代小説SHOW 投稿記...