2024年時代小説(単行本/文庫書き下ろし)ベスト10、発表!

細谷正充編のアンソロジー『味と人情 食の時代小説傑作選』

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味と人情 食の時代小説傑作選|細谷正充編|中公文庫

味と人情-食の時代小説傑作選 (中公文庫)
細谷正充(ほそや・まさみつ)さん編による文庫オリジナルのアンソロジー、『味と人情 食の時代小説傑作選』(中公文庫)が新たに本棚に加わりました。

『史実は謎を呼ぶ 時代ミステリ傑作選』に続く、中公文庫の時代小説アンソロジー第2弾は、「料理」と「人情」をテーマにしています。
アンソロジー編纂の名手である細谷さんが選んだ作品と料理とは? 登場人物たちの情に心癒され、読んでいるうちにお腹まで空いてくる一冊です。


物語のあらすじ

生きる力が湧いてくる、味わい豊かな8編。

忘れられない握り飯の味。貧しさのなかに宿る美味と人情。料理の腕が切り拓く運命……。 市井に生きる人々の哀歓を彩る、おいしい江戸のフルコース。 池波正太郎から田牧大和まで、名手選りすぐりの全八作品を収録した、味わい豊かな時代小説集です。

(『味と人情 食の時代小説傑作選』カバー裏紹介文より抜粋・編集)

ここに注目!

昨今、江戸のグルメやスイーツを題材にした文庫書き下ろし時代小説が花盛りですが、本書では、編者の細谷さんが往年の時代小説家による名作を中心に、読み味の異なる作品を厳選しています。

また、現在、短編小説を発表する媒体や短編集の発行が減り、連作小説の一話分として発表されることがほとんどになっています。
本書では、一作ごとに独立した短編が高く評価された時代の作品を取り上げている点も見逃せません。

「蕎麦切おその」では、蕎麦粉と酒だけで生きるお園という女性主人公が悲惨な境遇にもかかわらず、あっけらかんとした明るさと旺盛な生命力を感じさせて、その数奇な運命とともに物語に引き込まれます。現代の人権意識からみると問題視される表現も見受けられますが、当時の文化や社会背景を感じさせる貴重な作品です。

「塩むすび」は、短編というよりも掌編といえる短さながら、塩むすびが人情を結びつける小道具として絶妙に活きています。

「こはだの鮓(すし)」は、葉茶屋で飯炊きとして働く作兵衛が主人公。売れ残ったこはだの鮓をきっかけに、何気ない日常の中で小さな幸福に翻弄される男の一瞬を活写した、心に残る短編です。

乙川優三郎さんは、2002年に『生きる』で直木賞を受賞した実力派作家ですが、2010年代以降は現代小説に活躍の場を移しています。
「蟹」は、山本周五郎賞を受賞した短編集『五年の梅』に収録された一編で、乙川さんの時代小説ならではの、凛とした美しさに加えて余韻を残す描写など魅力が光ります。

「鯉」は、「半七捕物帳」などで知られる岡本綺堂さんによる短編。不忍池で捕れた巨大な鯉をめぐる奇譚です。嘉永6年(1853年)、黒船来航の年を舞台に、リアルな江戸の風俗が生き生きと描かれています。

「隠し味」は、現役作家たちが「鬼平犯科帳」の世界に挑んだ競作短編集『池波正太郎と七人の作家 蘇える鬼平犯科帳』に収録された一編です。
脚本家出身の著者らしい構成で、鬼平ファンにはたまらない味わいがあります。

山手樹一郎さんは、テレビ時代劇「桃太郎侍」の原作者として知られ、明朗快活なヒーローが活躍する痛快時代小説の名手です。
「うどん屋剣法」では、土浦藩家老の息子・秋葉大輔が主人公。自慢の剣を打ち砕かれた若者が、自暴自棄から成長していく姿を描いています。

最後を飾る「四文の柏餅」は、本書のデザートを担当する一編であり、連作小説「藍千堂菓子噺」シリーズの記念すべき第一話でもあります。
進物用にも用いられる上菓子屋「藍千堂」が売り出す、わずか四文の柏餅とは──。その謎が物語の核となります。

本書に収められた8編を読むことで、作家ごとの個性のみならず、それぞれの作品が描かれた時代の空気まで味わうことができます。
一冊を手に、至福の読書時間をお楽しみください。

今回取り上げた本



書籍情報

味と人情 食の時代小説傑作選
細谷正充編
中央公論新社・中公文庫
2025年4月25日初版発行

カバーイラスト:室谷雅子
カバーデザイン:中央公論新社デザイン室

目次:
蕎麦切おその 池波正太郎
塩むすび 笹沢左保
こはだの鮓 北原亞以子
蟹 乙川優三郎
鯉 岡本綺堂
隠し味 土橋章宏
うどん屋剣法 山手樹一郎
四文の柏餅 田牧大和

編者解説 細谷正充

本文260ページ

「中公文庫」オリジナル

底本:
「蕎麦切おその」『おせん』新潮文庫、1985年
「塩むすび」細谷正充編『感涙 人情時代小説傑作選』ベスト時代文庫、2004年
「こはだの鮓」『こはだの鮓』PHP文芸文庫、2016年
「蟹」『五年の梅』新潮文庫、2003年
「鯉」『岡本綺堂読物選集3 巷談編』青蛙房、1969年
「隠し味」『池波正太郎と七人の作家 蘇える鬼平犯科帳』文藝春秋、2017年
「うどん屋剣法」『山手樹一郎短編小説全集 第十三巻』桃園書房、1976年
「四文の柏餅」『甘いもんでにおひとつ 藍千堂菓子噺』文春文庫、2016年

細谷正充編|時代小説ガイド
細谷正充|ほそやまさみつ|文芸評論家・書評家1963年生まれ。時代小説、ミステリーなどのエンターテインメントを対象に、評論・執筆。自宅に20万冊という膨大な書庫を持つ蔵書家。2018年より、優れたエンターテインメント小説5作品を選出して「細...