『夫・火坂雅志との約束』|中川洋子 火坂雅志|青春出版社
2009年のNHK大河ドラマの原作『天地人』をはじめ、多くの歴史時代小説を発表された作家・火坂雅志(ひさか・まさし)さんは、2015年2月26日、58歳の若さで急逝されました。
このたびご紹介するのは、火坂さんの妻である中川洋子(なかがわ・ようこ)さんによる追想エッセイ集
『夫・火坂雅志との約束』(青春出版社)です。
本書は、火坂さんの出身地・新潟県の地方紙「新潟日報」に2年間連載されたエッセイ「愛と義の人」を収録した第一部に加え、単行本未収録のエッセイや小説を収めた一冊となっています。
作家としてますます活躍の幅を広げようとされていた中での突然のご逝去から、早くも10年。改めて時の流れの早さを痛感いたします。
私自身、面識はありませんでしたが、火坂さんは敬愛する歴史小説家のお一人であり、同郷・新潟県の先輩でもあります。本書を読みながら、さまざまな思いがよみがえってまいりました。
没後10年。 大切な誰かを失っても、その存在を感じながら、人は生き続けられる――
妻として、同志として、ともに歩んだ38年間の思い。
新潟日報連載のエッセイ「愛と義のひと」が珠玉の一冊になりました。
火坂雅志さんが大切にしていた日常を綴ったエッセイと、幻の短編も収録。(『夫・火坂雅志との約束』カバー帯の紹介文より抜粋・編集)
火坂雅志さんとは
火坂さんは、大学2年の終わりに司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』と出会い、歴史小説家を志すようになりました。以降、試行錯誤の日々を重ねられます。
後に妻となる中川洋子さんは、早稲田大学で火坂さんの2年後輩にあたり、サークル「歴史文学ロマンの会」で出会い、1982年にご結婚されました。
火坂さんのデビュー作は、講談社の小説現代新人賞に応募した短編を長編化した『花月秘拳行』です。平安時代末期の歌人・西行を主人公に、拳法の達人「明月五拳」として描いた伝奇色の強い作品で、みちのくの歌枕に秘められた謎をたどる旅が描かれています。
「夢は、叶えてからのほうが大切なんだ。僕はまだ出発点に立ったに過ぎない」
――これが当時の火坂さんの口癖だったそうです。
ここに注目!
第一部の「愛と義のひと」とは、歴史小説『天地人』の主人公・直江兼続のことであり、大学生の頃、歴史小説家を夢見て、「戦国時代でもしかくとしたら直江兼続以外にない」とノートに記して、生涯兼続に人として魅せられ、あこがれ続けていた火坂さんのことでもあります。
著者は38年間にわたり、火坂さんの執筆を間近で見守ってきました。
ときには、新幹線の中で書いた手書きの原稿をパソコンに入力することもあったといいます。
そのせいもあってか、飾らない明快な文体のなかに、火坂さんの姿がいきいきと浮かび上がってくるようです。
第二部では、火坂さんの単行本未収録のエッセイが収録されています。
同じような題材であっても、著者と火坂さんとでは視点が異なり、作家ならではの筆致の深みも存分に感じられます。
また、かつて講談社の時代小説専門誌「KENZAN!」に掲載され、単行本未収録だった短編「墓盗人 ― 骨董屋征次郎 真贋帖」も収録されています。
「骨董屋征次郎」は、幕末の京都を舞台に、骨董鑑定人・征次郎が難事件に挑む連作シリーズで、『骨董屋征次郎手控』『骨董屋征次郎京暦』の2冊が刊行されています(いずれもKindle版で読めます)。
本書には新潟への深い思いがあふれています。
長岡の天地人花火、明和騒動を題材とした『新潟樽きぬた 明和義人口伝』、生涯の愛読書だったという『北越雪譜』、そして上杉謙信や直江兼続といった越後人の気質――「雪のなかで春を待つ」心を描き続けた作家であることを、改めて実感いたしました。
エッセイからは、出会ったときから恋人のようであり、仕事のパートナーでもあった二人の深い絆と愛情が伝わってきます。
それだけに、火坂さんが旅立たれたときの喪失感はいかばかりだったかと、胸が締めつけられます。
歴史小説を創作することの喜びと苦悩、作家としての信条、愛したもの――すべてが、著者の言葉で綴られ、火坂さんの姿が目の前に立ち現れるかのようです。
妻を大切にし、酒、椿の花、愛犬、羊羹、地魚、柑橘、骨董など、愛すべきものに囲まれながら歴史を愛し、故郷・新潟に恩返しをしたいと願い続けた火坂雅志さん。
本書の表紙に使われている、新潟・小林古径邸で撮影された写真は、戦いの合間のひとときを過ごす戦国武将か古武士のようで、火坂さんの記憶とともに読者の心に深く残ることでしょう。
エッセイを読み終えたとき、自然と涙があふれてきました。
本書を世に送り出してくださった著者をはじめ、関係者の皆様に、ファンのひとりとして心より「ありがとう」を申し上げたいと思います。
今回取り上げた本
書籍情報
夫・火坂雅志との約束
中川洋子 火坂雅志
青春出版社
2025年3月15日 第1刷
協力:新潟日報社
写真提供:中川洋子
編集協力:矢澤寛
本文デザイン:黒田志麻
●目次
第一部 愛と義の人――追想 火坂雅志 中川洋子
恩返し
酒椿忌
風を読まず
花見の宴
我が家の猛犬
黒いトレンチコート
作家デビュー
酒の肴
永井路子さんからの手紙
水の記憶
天地人花火
書斎は新幹線
新潟樽きぬた
安吾の色紙
峠越え
最後の晩餐
鎮魂の旅
酒は呑めるうちに
夏ミカンの木
年末年始
雪のなかで春を待つ
家康のこと
着流しと長髪
ほか全49編
第二部 人生の愉しみ――未収録作品集 火坂雅志
私のデビュー作
時代考証余話
時代を先取りした元祖湘南人―村井弦斎に学ぶ
羊羹遍歴
米沢にて
つつましく強く―椿の魅力
黒い瞳と運命の出会い
ほか全14編
特別収録 墓盗人―骨董屋征次郎 真贋帖
本文278ページ
初出:
第一部
「愛と義のひと」『新潟日報』2022年2月9日~2024年2月28日
第二部
「私のデビュー作」『新刊ニュース』2003年3月号
「時代考証余話」『大衆文学研究』第109号
「時代を先取りした元祖湘南人―村井弦斎に学ぶ」『自治展望 第37号』2001年
「羊羹遍歴」光文社『宝石』1996年3月号
「米沢にて」『J-B Style』2009年4-5月号
「つつましく強く―椿の魅力」『ひととき』2012年2月号
「黒い瞳と運命の出会い」交遊録『読売新聞(夕刊)』2010年5月7日
「墓盗人―骨董屋征次郎 真贋帖」講談社『KENZAN! Vol.4』2007年11月

