纏足探偵 天使は右肩で躍る|小島環|集英社文庫
小島環(こじま・たまき)さんによる文庫オリジナルの中華ミステリー、 『纏足探偵 天使は右肩で躍る』(集英社文庫)が本棚に加わりました。
タイトルにある「纏足(てんそく)」とは、幼児期から足に布を巻き、成長を抑えることで足を小さく保つ風習です。唐末から20世紀初頭の辛亥革命の頃まで、中国で女性に対して広く行われてきました。
当時、女性の小さな足は美の象徴であり、纏足を施された娘は良家の子女の証ともされ、結婚にも有利と考えられていました。
「哀れ、か? だが、私からすればおまえのほうが哀れだ。そのような大足で、これから北京で暮らしていくのは難事だぞ。人に嘲笑される。嫁にもいけない。だが、脚こそ小さく美しければ、誰もが跪拝する。纏足は、輝かしい未来だよ。生涯、飲食にも、衣装にも困窮しない」
著者について
小島環さんは、2014年に「三皇の琴 天地を鳴動さす」で第9回小説現代長編新人賞を受賞し、翌年、同作を改題した『小旋風の夢弦』でデビューされました。以降、中華ミステリーを中心に数々の作品を発表されています。
中国・唐代を舞台に、葬儀で女装して泣くことを生業とする少年の苦悩と成長を描いた連作集『泣き娘』も、中華青春ミステリーの傑作として高く評価されています。
物語のあらすじ
二人の少女がぶつかり合いながら友情を育む、青春中華ミステリー。
中央アジア・サマルカンド出身の少女・瑠瑠(ルル)と、北京の名家・趙家の令嬢・月華(げっか)。
物語の舞台は清代中国。
異なる文化や価値観を持つふたりの少女が、ぶつかり合いながらも次第に友情を育んでいく、謎解き青春中華ミステリーです。望まぬ結婚を断ってくれた父を殺された瑠瑠は、親類を頼って中国へ渡ります。
その地で出会ったのが、同じ十五歳ながら外出もままならない名門の娘・月華でした。
月華に代わって、瑠瑠は「ある劇団の頭領が殺された事件を調べてほしい」と依頼され――。(『纏足探偵 天使は右肩で躍る』カバー裏紹介文より抜粋・編集)
ここに注目!
康煕七年(1668年)、十五歳の少女・瑠瑠は、父を亡くし、母・阿伊沙(アイシャ)、兄・哈爾(ハル)と共に、中央アジアのサマルカンドから都・北京へ移り住みます。 親族の依頼を受けた瑠瑠は、名門・趙家の令嬢・月華のもとで、劇団の頭領殺害事件について関係者の証言を集めるよう命じられます。
月華は、美しく繊細な容貌をもつ少女で、纏足のために自力で自由に歩くことができず、常に付き人が付き添っています。
一方で彼女には、細かな情報の断片から全体像を構築する「つまびらきの写鏡(うちしかがみ)」と呼ばれる、卓越した推理力が備わっていました。
また、深窓の令嬢でありながら、纏足によって外出がままならないという設定を逆手に取り、「安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)」として描かれている点も興味深いところです。
回教徒としてサマルカンドで育った瑠瑠にとって、北京の上流階級で育った月華の言動は不可解であり、はじめは衝突を繰り返しますが、数々の事件を通じて、ふたりは少しずつ信頼と友情を育んでいきます。
本作では、「纏足」という風習を物語に巧みに織り込んでいます。現代の視点からは奇異に感じられるこの風習も、当時の女性たちにとっては誇りの象徴であり、結婚や将来の保障に直結する重要な価値観であったことが描かれ、文化や価値観の多様性を深く考えさせられます。
今回取り上げた本
書籍情報
纏足探偵 天使は右肩で躍る
小島環
KADOKAWA・集英社文庫
2025年4月25日第1刷
カバーデザイン:afterglow
カバーイラスト:七原しえ
目次はありません。
本文329ページ
「集英社文庫公式note」2025年2月~4月に配信されたものを加筆・修正したオリジナル文庫
