摘み草の里 千光寺精進ごよみ|五十嵐佳子|朝日文庫
五十嵐佳子(いがらし・けいこ)さんによる文庫書き下ろし時代小説、『摘み草の里 千光寺精進ごよみ』(朝日文庫)が新たに本棚に加わりました。
著者について
五十嵐佳子さんは、『なんてん長屋 ふたり暮らし』や「茶屋『蒲公英』の料理帖」「新川河岸ほろ酔いごよみ」シリーズなど、数多くの文庫書き下ろし時代小説で活躍されている作家です。
「結実の産婆みならい帖」シリーズでは、幕末の八丁堀を舞台に、産婆を目指す結実が、さまざまな事情を抱えた女性たちの出産に立ち会いながら成長していく姿が描かれ、等身大のヒロイン像が共感を呼んでいます。
物語のあらすじ
もう会えない悲しみ、消えない恨み―― 飽きるまで話して、泣いて、食べて、少しでも元気になれますように。
江戸のはずれにある尼寺・千光寺には、悩みを抱えた女たちが集まってくる。手放せない苦しみを輪になって語り合い、庵主・慈恵尼の心づくしの精進料理をいただくことで、ほんの少し前を向くことができる――。
生老病死に向き合う女性たちの思いやりが沁みる、心温まる書き下ろし長編時代小説。(『摘み草の里 千光寺精進ごよみ』カバー帯の紹介文より抜粋・編集)
読みどころ
本書の舞台は、江戸の外れ、目黒不動尊のほど近くにある小さな尼寺・千光寺(せんこうじ)。ここでは、五のつく日に悩みを抱えた女性たちが集まり、語らいの場が設けられていました。
伴侶を亡くした悲しみ、嫁姑・夫婦間の確執といった胸の内を、それぞれが語り合います。
語り終えた後には読経が行われ、慈恵尼がつくる野の香りあふれる精進料理がふるまわれます。心に寄り添うそのひとときが、女たちの表情を穏やかに変えていきます。
心から相手を想い、話を聞き、寄り添い、ともに笑い、涙し、痛みを分かち合う――
それは、仏教における「心施(しんせ)」という教えを体現した姿でもあります。
父と夫を相次いで亡くし、生きることに怯える小間物屋の十五歳の少女。夫の病にすがる思いで高価な数珠を買った女。姑にいじめ抜かれ、夫は妾宅に入り浸り、自分は女房扱いもされなかった土産物屋の四十代女性……。
それぞれが胸に深い悩みを抱えて、千光寺を訪れるのです。
「さしずめ千光寺の会は、女たちの心の棚卸しのようなものかもしれない」
そんな一言が心に残ります。
その日の膳に並ぶ、筍ご飯、筍とわかめの味噌汁、ウコギの胡麻和え、筍豆腐、ワラビのおひたし、コシアブラのてんぷら――
連作形式で描かれる物語の魅力のひとつは、季節の恵みを生かした寺の精進料理の描写にあります。読むだけで心がほっこりと温まります。
生老病死に向き合い、人の優しさに触れることで、明日を生きる力が湧いてくる――
そんな癒し系の新しい時代小説が始まりました。
今回取り上げた本
書籍情報
摘み草の里 千光寺精進ごよみ
五十嵐佳子
朝日新聞出版・朝日文庫
2025年3月30日第一刷発行
カバー装幀:宮本亜由美
カバーデザイン:北住ユキ
目次:
第一章 摘み草の里
第二章 野笛を鳴らして
第三章 梅の実、香る
第四章 蕗の葉っぱのおまじない
本文245ページ
文庫書き下ろし
