『初湯満願 御裏番闇裁き』|喜多川侑|祥伝社文庫
2024年の文庫書き下ろし作品の収穫の一つが、喜多川侑(きたがわゆう)さんの「御裏番闇裁き」シリーズとの出会いでした。
第1巻『瞬殺』は2023年7月に刊行されましたが、新刊時に見逃していました。しかし、第2巻『圧殺』を読み、芝居小屋を舞台にした華やかでスリリングな闇裁きの展開に圧倒され、大きな衝撃を受けました。文庫書き下ろしの形式にぴったりな軽快な読み味も魅力で、2024年の時代小説ベスト10【文庫書き下ろし部門】で第10位に選びました。
本書はシリーズ第4弾です。タイトルに恒例の「○殺」という表現はなく、お正月らしいおめでたい文字が並んでいます。さらに、大前壽生さんが手がけた、富士山や大波が描かれた金ぴかの装画が初春の雰囲気を高め、新年らしいワクワク感を与えてくれます。
あらすじ
痛快! お芝居一座が悪を討つ時代活劇
芝居小屋「天保座」の座元・東山和清のかつての婚約者お蝶が、箱根で目撃されたという話が持ち込まれます。4年前、船の炎上転覆事故で命を落としたはずのお蝶。驚いた天保座の座員たちは「行きましょうよ、箱根へ」と口を揃え、彼女を探しながらの新春旅興行が始まります。しかし旅の途上、品川ではただ者ではない荒くれ浪人たちに命を狙われ、ついに天保座一行が将軍直轄の「御裏番」として白刃を抜く――。
(『初湯満願 御裏番闇裁き』カバー裏の紹介文より抜粋・編集)
本書の読みどころ
時代は天保9年(1838年)師走二十八日。湯島の寺での富くじ抽選会にて、老舗呉服店の跡取り息子・松之助がヤクザ同士の喧嘩に巻き込まれた末、何者かに拐われます。その後、南町奉行・筒井政憲が東山和清を訪ね、和清の許嫁だったお蝶とその父・小島直弼が箱根で目撃されたとの情報をもたらします。
「箱根で、もう一編初湯を」という座員たちの提案に押され、天保座一行は旅興行を打ちながら箱根を目指します。やがて、行方不明となった松之助が将軍家慶の隠し子であり、大御所家斉の孫だったことが発覚。この事実が将軍後嗣争いに絡み、大奥をも巻き込んだ大事件へと発展していきます。
本作の魅力の一つは、外連味(けれんみ)溢れる江戸の芝居小屋の雰囲気を、痛快な時代小説として描いている点です。特に、将軍直轄の裏番を務める天保座の座員たちの個性豊かなキャラクターと、それぞれの見せ場が用意されたストーリー展開が魅力的です。敵役との対決はハラハラドキドキの連続で、芝居を見るような楽しさと痛快さを味わえます。
例えば、座元兼座頭の東山和清は、元南町奉行所の隠密廻り同心でありながら芝居好きが高じて天保座を率いる人物。七変化や宙乗りを得意とする看板役者の瀬川雪之丞は、元甲賀忍びで空中殺法が得意。さらに、雪之丞の相手役である市山団五郎は元両国の軽業師で、変装の達人でもあります。
そのほか、元人気噺家の羽衣家千楽は巧みな話術で悪人を翻弄し、大道具見習いのなりえは元御庭番として市中の噂集めや敵の素性探索を担当。さらには、なりえが徳川家斉の隠し子という意外な設定も物語に深みを与えています。
嫌なことを忘れ、スカッと楽しめる痛快時代小説。エンターテインメントとしての完成度も高く、シリーズファンはもちろん、初めて読む方にもぜひおすすめしたい一冊です。
今回取り上げた本
書誌情報
初湯満願 御裏番闇裁き
喜多川侑
祥伝社・祥伝社文庫
2025年1月20日初版第1刷発行
カバーデザイン:中原達治
カバーイラスト:大前壽生
●目次
第一幕 初湯
第二幕 宝船
第三幕 見得
第四幕 花簪
第五幕 達磨
第六幕 満願
本文316ページ
文庫書き下ろし