華の蔦重|吉川永青|集英社
2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華之夢噺~」がスタートし、歴史ファンの視線が一気に江戸時代へと向けられています。昨年放送された「光る君へ」に続き、主人公が武将や政治家ではなく文化人である点が新鮮で、多くの期待が寄せられています。
今回ご紹介するのは、大河ドラマと同じ蔦屋重三郎を描いた吉川永青の歴史小説、『華の蔦重』(集英社)。
蔦屋重三郎、通称「蔦重」は、江戸時代に出版プロデューサーとして名を馳せた人物です。彼が活躍したのは、田沼意次と松平定信という二人の老中が相次いで政権を握った、激動の時代。政治の変動だけでなく、災害や社会変革の影響も色濃いこの時代に、蔦重は文化を通じて人々の心を明るく照らしました。
本書は、そんな蔦重の波乱に満ちた生涯を描き、彼が江戸最大の版元として名を成すまでの物語を丁寧に追っています。
2024年時代小説ベスト10(単行本)の第7位に吉川永青さんの『虎と兎』がランクイン!
物語のあらすじ
山東京伝、曲亭馬琴、喜多川歌麿、東洲斎写楽……
江戸っ子たちを熱狂させた大勝負、とくとご覧あれ。豪華絢爛を誇った吉原が業火の海に包まれた明和九年(1772年)。多くの人々が失意に沈む中、江戸を再び活気づけようと心に決めた一人の男がいた――蔦屋重三郎。通称「蔦重」と呼ばれた彼は、貸本屋としての商いに飽き足らず、地本問屋の株を購入し、自ら版元となって数々の勝負に挑んでいく。
「楽しんで生きられたら、憂さなんて感じないで済むんです」。
そう語る蔦重は、面白い書物や美しい浮世絵が人々の心を明るく照らすと信じていた。その情熱は、山東京伝や喜多川歌麿といった才能豊かな文化人たちの心を動かし、やがて江戸全体を熱狂の渦に巻き込んでいく。しかし、彼の前に立ちはだかったのは――。
(『華の蔦重』カバー帯の紹介文より抜粋・編集)
読みどころ
物語は明和九年(1772)の大火で、吉原が火に包まれるところから始まります。パニックになって避難を急ぐ人々を見て、蔦屋重三郎は人がいかに流されやすいかを知り、大変な時こそ、憂き世を渡っていくために、一時の快楽を与える本が必要なのだと思い至りました。
吉原で貸本屋を営む重三郎は、板元になって、自分で本を売り出すことを夢見て、江戸一番の本屋を目指すことに。
蔦重はまず、鱗形屋孫兵衛の改所・小売として、「吉原細見」の売り出し、吉原五十間道に、蔦屋耕書堂を始めました。鱗形屋では、大火の影響で情報の更新が難しいところ、吉原に生まれ育った者ならお手の物でした。
さらに、通油町の丸屋が地本問屋の株を売るという話を聞きましたが、五百両という大金を作るめどが立たず……。
蔦重が江戸一の版元に成り上がるまでのサクセスストーリーにワクワクします。浮世絵師北尾重政や戯作者朋誠堂喜三二との友情、吉原の遊女・浮雲との恋、他の版元とのライバル関係を織り交ぜて物語の世界に引き込まれていきます。
喜多川歌麿を美人画で売り出し、山東京伝の黄表紙『江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』を書かせたり、順風満帆で、名実ともに江戸の最大手となっていく蔦重でしたが……。
歌麿、京伝、馬琴、写楽、蔦重が見出だして売り出していった絵師、戯作者たちですが、本書を読むと、みな同じような売り出しではなく、それぞれ違ったプロモーションをしているのに驚かされます。このあたりに、蔦重が江戸一番の一流のプロデューサーと言われる所以があるのかもしれません。
本書は、蔦重の生涯を知るとともに、その生きざまに共感を持つのに適した歴史小説であるとともに、ドラマがもっと楽しくなる副読本としてもおすすめです。
今回取り上げた本
書籍情報
華の蔦重
吉川永青
集英社
2024年12月10日第一刷発行
装幀:泉沢光雄
装画:岡添健介
目次:
序 章 吉原、燃える
第一章 ここから、始める
第二章 版元に、なる
第三章 荒波を、渡る
第四章 世と人を、思う
終 章 鐘が、鳴る
本文346ページ
集英社文庫Web 2023年10月~2024年7月連載の「本バカ一代記――花の版元・蔦屋重三郎――」を単行本化にあたり、改題して大幅に加筆修正したもの。