ソコレの最終便|野上大樹|ホーム社/集英社
少し遅くなりましたが、ぜひとも紹介したい作品があります。野上大樹(のがみ・たいき)さんの『ソコレの最終便』(ホーム社/集英社)は、2024年に第7回書評家・細谷正充賞を受賞した、戦争と鉄道をテーマにしたエンターテインメント小説です。
本書は、日中戦争の終戦間際、特命を帯びた装甲列車がソ連の奇襲侵攻で混乱する満洲の大地を駆け抜ける、スリルとサスペンスに満ちた作品です。戦争小説であると同時に、鉄道冒険小説としても非常に魅力的な一作です。
著者の野上さんは、「霧島兵庫」の名義で第20回歴史群像大賞優秀賞を受賞し、『甲州赤鬼伝』でデビュー。その後、『信長を生んだ男』や『二人のクラウゼヴィッツ』など、史実を踏まえた大胆な物語や迫真の戦闘シーン、共感を誘う人物描写で、歴史小説の注目作家となりました。2023年に現在のペンネーム「野上大樹」に改名。本書はその改名後、最初の刊行作品です。
物語のあらすじ
昭和二十年八月九日、日ソ中立条約を破棄したソ連軍が突如として満洲国へ侵攻を開始。国内全体が未曾有の大混乱に陥るなか、陸軍大尉・朝倉九十九率いる一〇一装甲列車隊「マルヒト・ソコレ」に特命が下る。それは、輸送中に空襲を受け、国境地帯で立ち往生してしまった日本軍唯一の巨大列車砲を回収し、はるかかなたの大連港まで送り届けよ、という関東軍総司令官直々の緊急命令だった。
(『ソコレの最終便』カバー帯の紹介文より抜粋・編集)
読みどころ
本作の主人公は、陸軍大尉の朝倉九十九(つくも)。彼はかつてノモンハン事件で対戦車戦闘小隊の指揮を執りましたが、小隊唯一の生き残りとなり、その後鉄道第四聯隊所属の一〇一装甲列車隊(マルヒト・ソコレ)の列車長として満洲に赴任しました。
当初、マルヒト・ソコレは戦場から遠ざかった留守部隊でしたが、ソ連軍の奇襲侵攻により事態が一変。関東軍総司令部から、虎頭要塞に配備された超重量級列車砲を回収し、大連港まで輸送せよとの緊急命令が下ります。
物語は、九十九率いるマルヒト・ソコレが、敵の襲撃や数々のトラブルを乗り越えながら、7日間という制限時間内で任務を遂行できるかを描きます。極限状態の中で繰り広げられる特殊任務の緊張感とスリルに圧倒されました。
九十九や隊員たちはそれぞれ特技を持つ個性派揃い。老朽化した装甲列車「ソコレ」を巧みに操り、物語をさらに熱くします。鉄道ファンでなくとも、「ソコレ」がまるで人格を持っているかのように活躍する姿には感動を覚えました。
さらに、日本赤十字の救護看護婦である雲井ほのかが登場し、物語に彩りを添えています。彼女の存在が、戦場という過酷な環境の中にロマンと希望をもたらしています。
戦争小説でありながら、エンターテインメント性が非常に高く、一気読み必至の作品です。読み終えた後には、戦争というテーマについて深く考えさせられる内容も含まれ、作者の熱い思いが伝わってきました。
今回取り上げた本
書籍情報
ソコレの最終便
野上大樹
発行:ホーム社、発売:集英社
2024年6月30日第1刷発行
装画:緒賀岳志
装甲列車編成図:しづみつるぎ
地図:(株)ウエイド
装丁:川名潤
目次:
序章 ノモンハン
第一章 昭和二十年八月九日、出発の日
第二章 北へ
第三章 西へ
第四章 半島へ
第五章 終着駅
終章 ノモンハン後日――始まりの誓い
本文330ページ
初出「小説すばる」2022年6月~2023年1月号