『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』|吉森大祐|中央公論新社
吉森大祐(よしもり・だいすけ)さんの書き下ろし歴史小説、『茨鬼(いばらき) 悪名奉行茨木理兵衛』(中央公論新社)をご紹介します。
著者の吉森さんは、2017年に『幕末ダウンタウン』で第12回小説現代長編新人賞を受賞してデビュー。2020年には『ぴりりと可楽!』で第3回細谷正充賞を受賞、2024年には『青二才で候』で「第一回いきなり文庫! グランプリ」最優秀作品賞を受賞するなど、今注目の時代小説家です。
これまで吉森さんは、若い読者に向けた読みやすい時代小説を多く執筆してきました。しかし本作では、三十二万石を有する雄藩・伊勢国津藩を舞台に、藩主・藤堂高嶷(とうどう・たかさと)に抜擢された若き下級武士・茨木理兵衛(いばらき・りへい)を主人公に据え、壮絶な改革の戦いを描きます。
あらすじ
大地を割ろうとした男が夢見た故郷の未来――。天明の大飢饉、老中松平定信による「寛政の改革」の失敗、日本全土が経済的に疲弊していた時代。伊勢三十二万石の藤堂家も例外ではなく、莫大な借金に苦しんでいました。
藩主・高嶷は藩政改革を決意し、若き下級武士・茨木理兵衛を勘定方に大抜擢。彼は瞬く間に農政の重職・郡奉行に昇進し、数々の政策を実行します。しかし、藩の財政赤字は悪化の一途をたどり、ついに財政再建の秘策「地割」を敢行することに――。
門閥重臣ら旧弊勢力との対立、藩全体を揺るがす事件、そして改革の成否をめぐる苦闘が描かれる、感動の歴史長篇です。(『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』カバー帯の紹介文より抜粋・編集)
読みどころ
伊勢国津藩は、慶長13年から明治の廃藩置県まで転封されることなく世襲で津を支配してきました。雄藩でありながら、大きな改易やお家騒動といった歴史的事件が少ない藩として知られています。しかし、松平定信の「寛政の改革」による影響で津藩も例外なく財政難に陥り、当時200万両もの借金を抱えていました。藩の存続には、迅速な財政対策が必要だったのです。
藩主・高嶷は、わずか23歳の三百石取りの下級武士、茨木理兵衛重謙(いばらき・りへい・しげかね)を抜擢。勘定方から郡奉行へと昇進させ、改革の全権を託します。理兵衛は新たに「菓木役所」を設立し、専売品の管理や農地改革、農民支援策など、画期的な政策を次々と実行していきます。
しかし、理兵衛の政策は理論的には正しいものの、実行方法は粗削りで、既存の秩序や権益を脅かすものでした。これにより、庄屋や顔役たち、さらには藩の重役や家老らから激しい反発を受けます。門閥重臣との対立は避けられず、ついには「安濃津地割騒動」と呼ばれる津藩最大の危機、寛政の百姓一揆へと発展します。
本書の魅力は、理兵衛が「貧しさは悪である」という信念のもと、改革に挑んだ結果、百姓から「茨鬼」と恐れられ、藩内外の敵に囲まれる姿をリアルに描いている点にあります。正しい政策も、実行力や経験が不足すれば悲劇を招くことを、作者は鮮やかに描き出します。
理兵衛の正論や不器用さを支えたのは、補佐役の川村加平次や妻の登世、幼馴染の奥田清十郎といった人々でした。彼らの存在が、この物語を単なる悲劇ではなく、人として何が大切なのかを問いかける作品へと昇華させています。
もし理兵衛の改革が成功していれば、他藩にも影響を与え、歴史を大きく変えたかもしれません。本書は、そんな可能性を秘めた夢を描きつつ、今なお日本社会に通じるテーマを提示してくれる一冊です。
2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」で描かれる時代背景とも重なり、現代の貧富の差が拡大する状況に通じる内容としても興味深い作品です。
今回ご紹介した本
書籍情報
茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛
吉森大祐
中央公論新社
2024年7月25日 初版発行
装画:小副川智也
装幀:盛川和洋
目次
序
仕法之一 藩主厳命
仕法之二 販路開拓
仕法之三 人買横行
仕法之四 暗中模索
仕法之五 悪名奉行
仕法之六 地割勧告
仕法之七 経世済民
仕法之八 貧民救済
仕法之九 悪弊打破
仕法之十 鯨波響闇
仕法之十一 一話一言
結
本文325ページ
書き下ろし