侍たちの沃野 大久保利通 最後の夢|植松三十里|集英社文庫
植松三十里(うえまつ・みどり)さんの『侍たちの沃野 大久保利通 最後の夢』(集英社文庫)が、私の本棚に新たに加わりました。
本書は、那須疏水、琵琶湖疏水と並ぶ日本三大疏水の一つ、安積疎水を開削した明治のプロジェクトXを描いた歴史小説です。
物語のあらすじ
明治10年、内務卿・大久保利通は、猪苗代湖の水を郡山へ引き込む安積疏水事業を提案。没落士族救済のため、肥沃な農地を拓くという。大分出身の南一郎平を責任者にするが、奥羽山脈を貫く難工事の上に、癖のある男たちが次々と登場して紛糾。さらに大久保暗殺事件が起こる。南はオランダ人技師と協力し、工事を進めようとするも……。巨額の国家予算を投入した日本初の大プロジェクトを描く歴史小説。
(『侍たちの沃野 大久保利通 最後の夢』表紙裏面の紹介文より抜粋・編集)
読みどころ
「昭和19年9月、猪苗代湖畔に建つオランダ人技師ファン・ドールンの銅像が、戦争による金属供出の犠牲となって撤去される場面から物語が始まり、一気に引き込まれました。
安積疎水は、明治十二年から三年間の日本初の巨大土木事業で完成した、猪苗代湖から東向きに掘られて、太平洋側に注ぐ人工水路です。この水路によって、奥州街道の小さな宿場町だった郡山は、日本屈指の米どころに生まれ変わりました。その後、疎水開削の際にできた滝を利用して、水力発電が始まり、郡山は東北地方を代表する工業都市として発展していきます。
「安積疏水全域を管理する水門管理事務所の責任者・渡辺信任(わたなべのぶと)の手により、戊辰戦争の古戦場跡の土中に隠されたのです。安積疎水の設計案を決定したファン・ドールンは功労者であり、彼の銅像は、疎水のために働いた、すべての者たちの象徴で、当地の誇りでもあったのです。
この大プロジェクトを提案したのが内務卿・大久保利通であり、没落士族の救済を目的とした『士族授産』政策の一環として注目されます。
地元大分の水路開削で公金横領の罪で入牢したこともある内務省技官の南一郎平、福島県庁の安積原野開拓担当者の中條政恒、郡山の生糸商人で安積原野の開拓の支援を行う開成社を設立した阿部茂兵衛、内務省御用掛・奈良原繁らひと癖ある男たちが続々登場し、大工事に関わっていきます。が、後ろ盾となる大久保が、六人の士族に暗殺されてしまい……。
著者には、『ひとり白虎 会津から長州へ』(集英社文庫)、『会津の義 幕末の藩主松平容保』(集英社文庫)など、幕末から明治を駆け抜けた会津人の生きざまを描いた歴史小説があります。信念や誇りを胸に、苦難に立ち向かう姿に心を揺さぶられました。
本書もその系譜にある作品です。
今回取り上げた本
書籍情報
侍たちの沃野 大久保利通 最後の夢
植松三十里
集英社文庫
2024年12月25日第1刷
カバーデザイン:木村典子(Balcony)
イラストレーション:ヤマモトマサアキ
目次
序章 真珠湾から三年
第一章 安積原野へ
第二章 それぞれの峠
第三章 ヤアヤア一揆
第四章 武断派の覚悟
第五章 待ちわびた起工式
第六章 竜神の潜む沼
第七章 涼やかな水音
結章 よみがえる日々
解説 大矢博子
本文342ページ
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