『檜垣澤家の炎上』|永嶋恵美|新潮文庫
永嶋恵美(ながしま・えみ)さんの文庫書き下ろし小説、『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)をご紹介します。
この紹介記事を書くのに時間がかかってしまいましたが、その間に本作は第7回『書評家細谷正充賞』を受賞し、評価がますます高まっています。既に読了された方はどうぞお見逃しください。
本書は800ページ近いボリュームながらも引き込まれる歴史時代小説。物語は明治の終わりから、大正十二年(1923)の関東大震災後までを舞台に、明治の初めに生糸の輸出で財を成した横濱の大富豪・檜垣澤(ひがきさわ)家の家族を描いています。
横濱で知らぬ者のいない富豪一族・檜垣澤家。当主の妾だった母を亡くした高木かな子は、この家に引き取られる。商売の舵取りをする大奥様、美を競い合う三姉妹――檜垣澤家は女系で治められていた。そしてある夜、婿養子が不審な死を遂げる。政略結婚、軍との交渉、隠された暗い秘密…。陰謀渦巻く館でその才を開花させたかな子が辿り着いた真実とは――。歴史時代小説の醍醐味を存分に味わえる、傑作長篇ミステリ。
(『檜垣澤家の炎上』カバー裏紹介文より抜粋・編集)
読みどころ
物語は、檜垣澤家当主・要吉の妾の娘である7歳の高木かな子が、母を火事で亡くして檜垣澤家に引き取られるところから始まります。
しかし、かな子の立場は女中同然で、卒中で寝たきりの父・要吉の介護と看病が主な役目。檜垣澤家の当主として家業を統治する本妻スヱ、その後継者の長女・花、美を競い合う三人姉妹といった女系家族の中で、かな子は持ち前の聡明さとたくましさで自分の居場所を巧みに作っていきます。大富豪一族に渦巻く陰謀と欲望に巻き込まれながら、かな子が秘めた野望と策略を描いています。
本書の帯では、 『細雪』×『華麗なる一族』×殺人事件 と紹介されています。殺人事件の謎解きというミステリ要素に加え、檜垣澤家という女系家族の人間模様が絡み合い、物語に深みを与えています。
また、檜垣澤商店という架空の豪商を通じて、明治から大正という激動の時代が克明に描かれています。スヱは第一次世界大戦を機に陸軍と結びつき、鉱工業にも進出して軍需産業化を図るなど、その商魂は圧巻です。横濱の富豪としては、三渓園を開いた原富太郎(三渓)が有名ですが、本書の檜垣澤商店はかつて神戸にあった鈴木商店をモデルにしているようです。
魅力的なキャラクターたち
主人公のかな子をはじめ、檜垣澤家の人々以外にも、物語を彩る印象的なキャラクターが多数登場します。例えば、山名医師の書生・西原匡克や子爵家の娘・東泉院暁子、清国出身の楊暁玲(ヤン・シャオリン)など、それぞれの個性が鮮やかに描かれています。
ミステリとしての楽しさ
肝心のミステリ部分も見どころです。かな子が幼い頃に遭遇した殺人事件は、彼女が運を掴むきっかけとなります。その真相が終盤で明らかになったとき、思わず膝を打つような驚きがありました。本書には巧妙に張り巡らされた伏線が随所にあり、読み進めるほどに驚きと感動を味わえる仕掛けが施されています。
歴史的な背景とミステリの緊張感が融合した 『檜垣澤家の炎上』。作者が5年もの歳月をかけて執筆した本書には、無駄のない構成で、濃密な物語がぎっしり詰まっています。ぜひ手に取って、歴史とミステリが見事に融合したこの一冊を堪能してください。
今回ご紹介した本
書籍情報
檜垣澤家の炎上
永嶋恵美
新潮社・新潮文庫
2024年8月1日 発行
カバー装画:吉實恵
デザイン:新潮社装幀室
解説:千街晶之
●目次
なし
本文790ページ
文庫書き下ろし