『密命 はみだし新番士1 十五歳の将軍』|氷月葵|二見時代小説文庫
今回は、2022年、第11回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞を受賞した、氷月葵(ひづき・あおい)さんの文庫書き下ろし時代小説、『密命 はみだし新番士1 十五歳の将軍』(二見時代小説文庫)を紹介します。
受賞作である「御庭番の二代目」シリーズは、田沼意次の幼馴染という設定の御庭番を主人公に描いた痛快な物語で、意次が家重の小姓を務めていたころから、意次の嫡男・意知が江戸城で刺殺されるころまでを描いています。
本書は、その続編ではありませんが、意知の刺殺事件の二年後から始まります。家治が逝去し、意次が老中から外れて、新たに白河藩主松平定信が老中首座になり、権力を手中に収めました。彼のもとで政治の緊張が高まる中、新たな展開に期待が膨らみます。
十八歳の不二倉壱之介は、将軍や世嗣の警護を担う新番組の見習い新番士、家治の逝去によって十五歳で将軍の座に就いた家斉からの信頼は篤く、老中首座に就き権勢を握る松平定信の隠密と闘うことに。市中に放たれた壱之介は定信の政策を見張り、町の治安も守ろうと奔走する。そんななか、田沼家に仕官していた秋川友之進とその妹柴乃と知り合うが、柴乃を不運が見舞う。
(『密命 はみだし新番士1 十五歳の将軍』カバー裏の紹介文より)
主人公の壱之介は、家斉が世継ぎに選ばれた頃から遊び相手兼警護役として仕えていました。物語は、家斉の命により壱之介が市中で松平定信の政策を監視し、町の治安を守るという設定で進行します。
「町に出て、ようすを探ってほしいのだ」
「町、ですか」
「さよう。この先、定信は何をし始めるかわからぬ。権勢を握ったのをよいことに、いろいろと変えようとするに違いない。そう思わぬか」
「はあ……確かに、金も力も持てば使いたくなるのは人の常、かと」
「そうであろう。そなた、町の者らがどのような声を上げるか、見て来てほしい。公儀への不満など出たら、すぐに知らせるのだ」(『密命 はみだし新番士1 十五歳の将軍』 P.79より)
壱之介は、通油町の貸本屋に書物を売っていた浪人・秋川友之進と出会い、彼を助けます。友之進は田沼家に仕えていたことが発覚し、居合わせた武士に絡まれますが、助太刀に入った壱之介と、町方同心が現れたことで事なきを得ます。
壱之介は友之進の住む神田亀山町の徳兵衛長屋まで送り、妹・柴乃と知り合います。
後日、壱之介は、意知を殺害した佐野善左衛門の墓がある浅草の徳本寺にあると知り、そこで友之進を襲った武士に似た男を目撃しますが、追跡するも逃げられてしまいます。
友之進に斬りつけた武士の正体は?
佐野善左衛門は騒ぎを起こして切腹した後、少しして「世直し大明神」と騒がれ、善左衛門の墓には連日、墓参りに大勢が詰めかけていました。
興味を持った壱之介はその経緯を調べ始めることに。
そんな中で、友之進の妹・柴乃も危難に遭い……。
幕閣の権力争いから、市井での事件まで、若き新番士と将軍の痛快な物語が始まります。
主人公は変わり、御庭番から新番士と役目も異なりますが、「御庭番の二代目」シリーズから続く歴史観には相通じるところがあります。
「あのお方は、血筋だの家格だの、つまらんものにはこだわらず、才があれば買う、という大人物だ。わたしも惚れ込んだものよ」
「え」と壱之介は首を伸ばした。
「蔦屋さんは田沼様と会われたのですか」
「ああ、源内先生についてお屋敷に行ったことがある」
「源内……平賀源内ですか」(『密命 はみだし新番士1 十五歳の将軍』 P.228より)
壱之介の弟で絵師の手伝いをしている吉次郎が関わる中で、壱之介に町のことを教える人物として蔦屋重三郎が登場するのも楽しみの一つです。
密命 はみだし新番士1 十五歳の将軍
氷月葵
二見書房・二見時代小説文庫
2024年10月25日初版発行
カバーイラスト:浅野隆広
カバーデザイン:ヤマシタツトム(ヤマシタデザインルーム)
●目次
第一章 殺意の疑惑
第二章 新たな老中首座
第三章 蔦屋の主
第四章 成敗
第五章 不審の者
本文275ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本