『写楽女』|森明日香|時代小説文庫
森明日香さんは、2022年に、本作、『写楽女(しゃらくめ)』で、第14回角川春樹小説賞を受賞しました。さらに、続く第2作『おくり絵師』では、2024年に第13回日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞を受賞し、現在注目を集めている新進の時代小説家です。
また、来年には蔦屋重三郎を主人公にした大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」が放送予定。ドラマでどのように写楽が描かれるかも楽しみです。
寛政六年の春。地本問屋「耕書堂」に住み込みで奉公している女中のお駒は、店主・蔦屋重三郎のもと、日々忙しく働くある日、店の中に入っていく長身の男を見かけた。その男は、写楽という蔦屋が抱える新しい絵師だった。写楽の役者絵が店に並ぶと、今まで誰も見たことのない絵に、江戸中が沸いた。讃辞と酷評入り混じる中、突然重三郎に呼ばれたお駒は、次に写楽が描く絵を手伝ってほしいと言われ……。選考委員満場一致で受賞した、第十四回角川春樹小説賞受賞作、書き下ろしの外伝を加え、待望の文庫化。
(『写楽女』カバー裏の説明文より)
物語は寛政六年(1794年)三月、地本問屋「耕書堂」を舞台に展開されます。三年前に洒落本を摘発された蔦屋重三郎は、商売の再建に奮闘し、新しい絵師・写楽を売り出そうとしていました。お駒は、彼と同じ年頃と思われるその男に強く惹かれていきます。
「ああ、うっかりしていた。名無しは不自由だね。いずれ号をつけなくてはと思っていたが」
ううむ、と重三郎は考え込んだ。
「そうだ。写楽はどうだろう。うん、いい名だ。実にお誂え向きじゃないか」
重三郎は愉快そうに笑った。
「あんたには、楽しいものを写しとる才がある。これ以上にしっくりする名前はない」(『写楽女』P.21より)
写楽の役者絵が店頭に並ぶと、今までにない大胆な描写が江戸の街を騒がせ、賛否両論が巻き起こります。芝居小屋の頭取や作家・山東京伝が写楽をめぐって対立する中、物語は大きく動いていきます。
「誰が何と言おうと、わたしは写楽に賭けるしかないんです」
重三郎はきっぱりと言った。
「わたしの目に狂いはありません。写楽は、二人目の歌麿になります。いえ、もしかしたら、歌麿をしのぐ絵を描くかもしれません。誰にも描けない絵をね」(『写楽女』P.72より)
お駒の視点を通して描かれる写楽や彼を取り巻く人々の人間模様は、淡い恋情も含めて丁寧に描写されています。蔦屋重三郎、葛飾北斎(鉄蔵)、十返舎一九(余七)などの実在の人物も登場し、物語に厚みを加えています。
元の夫の暴力から逃げて住み込み女中となったお駒の過去や、一度も嫁ぐことなく店に尽くしてきた女中頭おみちの秘密など、女性への目配りもされていて心に残る作品です。
文庫版では書き下ろしの掌編「『写楽女』外伝」も収録。『写楽女』の世界をさらに楽しめる一冊です。
写楽女
森明日香
角川春樹事務所 時代小説文庫
2024年8月18日第一刷発行
装画:西岡悠妃
装幀:アルビレオ
●目次
第一章 新しい絵師
第二章 分かれた反響
第三章 挑む夏
第四章 負け戦
第五章 別れ
第六章 晩年
『写楽女』外伝
本文255ページ
『写楽女』(2022年10月、角川春樹事務所刊)を加筆・訂正したもの。
外伝は書き下ろし
■今回取り上げた本