『生活安全課防犯係 喫茶ひまわり』|伊多波碧|小学館文庫
伊多波碧(いたば・みどり)さんの警察ミステリー、『生活安全課防犯係 喫茶ひまわり』(小学館文庫)をご紹介します。
著者は2023年に、人情時代小説「名残の飯」シリーズで第12回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞を受賞した実力派の作家です。
2024年には、朝ドラ「虎に翼」の主人公モデルとなった女性裁判官を描いた『裁判官 三淵嘉子の生涯』を発表し、今回が初めての警察小説となります。
昭嶋署の生活安全課に勤務する森山尚美は、おせっかい焼き。
街中で道を踏みはずしそうな人を掴まえては、強引に〈喫茶ひまわり〉に連れて行く。
そんな先輩に振り回される相棒の久住達樹は、「警察の出番は事件が起きてから」と、いつもグチってばかり。
しかし尚美は、おせっかいをやめようとはしない。
苦い過去が、犯罪を未然に防げと、ささやくから。
とはいえ、普段は気が優しくても、悲しみや辛さに追い込まれて、心に悪魔が入り込んでしまっている人を正気に返らせるのは、簡単じゃない。
でも、この〈喫茶ひまわり〉には、素敵な魔法――そう、頬が落ちるほどの料理がある!
マスターの作る美味しい料理は、なぜだか懐かしい味がして、食べた人の凍った心をとかすのだ。
そして、お腹いっぱいになると、誰もがみんな、不思議と悩みを告白してしまう。
あとは尚美のおせっかいにスイッチが入れば、事件(?)は無事に解決。
なぜなら、〈喫茶ひまわり〉は、闇に堕ちかかっている人にとって、奇跡の場所だから。
尚美や達樹、そして只者ではないマスターたちが、事件になる前に事件を解決する、ハートウォーミングな物語。(『生活安全課防犯係 喫茶ひまわり』カバー裏の紹介文より)
中年の会社員・相田郁夫は、誰もいない公園で野良の仔猫にエサを与えていました。十月下旬、冷え込みが厳しくなり、放っておけば命が危ないのは明らかです。
しかし、家に連れて帰ることには躊躇していました。妻の迷惑がる顔が浮かび、救えなかったとしてもそれが自然の摂理だと自分に言い聞かせます。
家に連れて帰りたいが、妻の顔を思い浮かべると躊躇する。どうしてこんなときによけいな手間を増やすのだと、迷惑がるに違いない。
やはり置いていくか。
家で飼えなければそうするしかない。救えなかったとしてもそれが自然の摂理で、罪悪感を覚えることはないのだと、理性では承知しているつもりだ。人を殺そうとしている男が、仔猫の命を気にするとは矛盾もいいところだと自嘲してもいる。(『生活安全課防犯係 喫茶ひまわり』P.10より)
そんなとき、背後から「こんばんは」と若い女性に声をかけられました。昭嶋署の森山尚美と名乗り、相田に猫をどうするのか尋ねました。
相田が「保護します」と答え、会話を打ち切ろうとすると、尚美は「私が保護しましょう」と申し出て、相田を覆面パトカーへと連れて行きます。車内には久住達樹が待っていて、相田を後部座席に座らせると、すぐに車を走らせました。
尚美が向かったのは、古い住宅の建ち並ぶ中にある一軒家で、〈喫茶ひまわり〉と記された看板が出ていました。
古い住宅街にひっそりと佇む〈喫茶ひまわり〉には、年配のマスターが懐かしい味の料理を提供し、心に傷を負った人たちの心を癒やしていきます。
本書は警察小説ですが、生活安全課を舞台にしているため、殺人や凶悪犯罪は登場しません。
物語は、日常の中で人々が巻き込まれる小さなトラブルや事件に焦点を当てています。尚美が警察官を志した理由や、彼女が事件を未然に防ぎたいと思うきっかけとなった出来事も描かれており、深みのあるストーリーが展開されます。
また、装画に描かれているペキニーズの「ピリカ」は保護犬で、今では〈喫茶ひまわり〉の看板犬としてみんなに愛されています。その愛らしさに癒されること間違いありません。
おせっかいな警察官、絶品料理、そしてかわいい猫や犬が織りなす、心温まる奇跡の物語です。
著者の代表作「名残の飯」シリーズの現代版とも言える内容で、ファンの方にもぜひおすすめしたい一冊です。
読んでいるうちに、じんわりと涙がにじむような、心に響くハートフルなミステリーが誕生しました。
生活安全課防犯係 喫茶ひまわり
伊多波碧
小学館・小学館文庫
2024年10月9日初版第一刷発行
カバーデザイン:鈴木俊文(ムシカゴグラフィクス)
カバーイラスト:はやしなおゆき
●目次
第一話 秋の終わりのカレーうどん
第二話 お祖母ちゃんのかぼちゃグラタン
第三話 ルレクチェの肉巻き
第四話 ピーターラビットのパイ
本文285ページ
書き下ろし
■今回取り上げた本