シェア型書店「ほんまる」で、「時代小説SHOW」かわら版を無料配布

太后は病か物の怪か? 女医瑞蓮の活躍を描く平安お仕事小説

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

『後宮の薬師(三) 平安なぞとき診療日記』|小田菜摘|PHP文芸文庫

後宮の薬師(三) 平安なぞとき診療日記小田菜摘(おだ・なつみ)さんの文庫書き下ろし小説、『後宮の薬師(くすし)(三) 平安なぞとき診療日記』(PHP文芸文庫)を紹介します。

本書は、博多で胡人の父から医術を学び、京にやって来た女医・安瑞蓮(あん・すいれん)と、典薬寮の新米医官・和気樹雨(わけの・きう)が、後宮で起こる奇怪な事件の謎を解く、平安時代を舞台にしたお仕事小説の第3弾です。

胡人である父から医術を学んだ瑞蓮は、太后様の体調がすぐれないという噂を聞く。祈禱や祓に頼り、医師の診察を受けない祖母を心配した王女御に依頼された瑞蓮は、太后のもとを訪れるが、そこには太后お気に入りの陰陽師・大津氏が出入りしていて……。瑞蓮が、若き医官・樹雨とともに後宮のやんごとなき人々の相談にのりつつ、宮中で起きる奇怪な事件を解決していく平安お仕事ミステリー第三弾。

(『後宮の薬師(三) 平安なぞとき診療日記』カバー裏の紹介文より)

天慶七年(944)水無月末。
博多で腕利きの女医として名を知られていた瑞蓮は、赴任してきた筑後守の依頼を受けて、上京してはや四カ月。気乗りがしないまま、当初はすぐにでも帰るつもりでしたが、都でも名医ぶりがが知られるようになり、御所にまで出入りするようになっていました。そして、ついには東宮にまで関わることになります。

両親のことが心配であり、ずるずると都に滞在するわけにもいかず、博多に戻ることを考えていました。

文月に入り、今上の皇子・朱宮(あけのみや)の治療の帰り、瑞蓮は内裏の棟門を出たところで東宮と鉢合わせしそうになりました。東宮は「安杏林(杏林は医師の美称)。やっと捕まえた」と言い、和気医官から今日は来る日だと聞いていたとも。

「そなたに、母上の診察をしてもらいたいのだ」
 東宮の言う『母上』が太后だと、とっさに結びつかなかった。少し間をおいてから、そのことに気づく。先ほど自分達が噂をしていた、太后のよくない評判が頭の中に流れ込んでくる。
「なぜですか?」
 率直に瑞蓮は問う。太后となれば典薬寮の高い医官が診察にあたるだろう。祈禱も祭祀も同様だ。なにゆえ自分のような地方からきた、しかもこんな変わり種の女医になど頼むのか。
 
(『後宮の薬師(三) 平安なぞとき診療日記』 P.31より)

太后はここ数カ月、体調がすぐれない日が続き、この夏の暑さが特にこたえたようで、最近ではすっかり活気を失っているといいます。
典薬寮の医官を呼ばず、祈禱や祭祀に頼っているものの、最近では物の怪が頑固すぎて験者の手には負えず、治癒そのものを諦めつつあるとのことです。
瑞蓮は、まず太后のご意向を確認するようにと返答しました。

次に内裏に上がった際、瑞蓮は王女御様に呼び出され、太后を診察してほしいと依頼を受けます。
王女御は、今上の妃の一人であり、太后にとっては孫にあたります。東宮とは叔父と姪の関係にあり、幼馴染のように親しくしています。

そして七夕の日、瑞蓮は弘徽殿で太后の診察を行うことに。太后の主張や女房の証言に加え、脈診や望診の結果を総合して診断を下し、薬の処方を伝えます。

「おばあさま、ぜひともこの者の言う通りになさってください」
 太后は孫娘を一瞥したあと、ようやく口を開いた。
「私の病が、他人にとり憑くようなことはあるまいか?」
 予想外の問いに瑞蓮は虚をつかれ、しばし返答ができなかった。
 
(『後宮の薬師(三) 平安なぞとき診療日記』 P.57より)

太后を襲ったのは病なのでしょうか? それとも物の怪なのでしょうか?

病が物の怪によるものと信じる人々にとって、そうした考え方は不思議ではありません。
祈禱は憑巫(よりまし)に物の怪を憑かせて調伏し、病を治療する手法であり、祭祀は物の怪を退散させる考えに基づく強力な呪術です。
大河ドラマ「光る君へ」第36回で、彰子の出産に際して土御門邸で行われた祈禱の場面が描かれていましたが、当時の様子がよく伝わってきました。

やがて、瑞蓮は太后お気に入りの陰陽師・大津氏と関わることになります。

本書の主人公、瑞蓮は異国的な容姿で、京の都でもとびぬけて目立つ存在です。すらりとした長身に、褐色の麻布の胡服をまとい、天竺の彫刻のように彫りの深い顔立ちをしています。彼女の深い翠色の瞳は極上の珠を思わせ、髪は花穂をつける前の薄のような赤みを帯びた淡い色です。

博多から京の街にやってきたよそ者(ストレンジャー)、瑞蓮の目を通して見た宮中の様子は、現代人が平安時代の内裏を覗き見るような面白さがあります。

本書を読んで、著者による平安お仕事小説の魅力にすっかりとりつかれました。
集英社オレンジ文庫から出ている、「平安あや解き草紙」「掌侍(ないしのじょう)・大江荇子(おうえこうこ)の宮中事件簿」シリーズも読んでみたいと思います。

後宮の薬師(三) 平安なぞとき診療日記

小田菜摘
PHP研究所・PHP文芸文庫
2024年9月20日第1版第1刷発行

装丁:こやまたかこ
装画:アオジマイコ

●目次
序 平安京 季夏
第一話 七夕の奇縁
第二話 逃れる人、逃れられぬ人
第三話 なるべきではない人達
結 平安京 涼秋

本文252ページ

文庫書き下ろし。

■今回取り上げた本





小田菜摘|時代小説ガイド
小田菜摘|おだなつみ|作家 埼玉県出身、佐賀県在住。 沖原朋美名義で、『桜の下の人魚姫』が集英社主催2003年度ノベル大賞で、読者大賞を受賞。 2004年、『勿忘草の咲く頃に』で文庫デビュー。 「平安あや解き草紙」「なりゆき斎王の入内」シリ...