『独狼 念真流無間控』|筑前助広|早川書房
筑前助広(ちくぜんすけひろ)さんは、2022年に『谷中の用心棒 萩尾大楽 阿芙蓉抜け荷始末』で、第11回日本歴史時代作家協会文庫書き下ろし新人賞を受賞し、時代小説界に登場した注目の作家の一人です。
本書、『独狼(どくろ) 念真流無間控(ねんしんりゅうむけんひかえ)』(早川書房)は、『颯の太刀』(角川文庫)、『谷中の用心棒 萩尾大楽 外道宿決斗始末』(アルファポリス文庫)に続く4作目の時代小説です。
帯に「剣の呪縛に囚われ、死屍累々の無間地獄を歩む」とあるように、本作は人斬りの家に生まれ、悪をなす者を密かに討つ、闇の始末屋として生きる平山雷蔵を主人公にした剣戟ロマンです。
その刹那、秘奥が炸裂した――
隻眼の獣にして女形の如き妖艶さ、魔道を歩んできた者のみがもつ気迫に満ちた男、平山雷蔵。汚れ仕事を引き受け、死屍累々のしゃれこうべを野に放つことから、独狼(どくろ)の名で知られていた。
いま人を一人、高祖藩(たかすはん)から江戸藩邸へと護って連れてゆく。藩主が病没してさらに跡継ぎが定まらぬなか、忠臣たちが血筋の女子・寧乃(やすの)を男と偽らせて大名跡継ぎに仕立てようということらしい。
政争の愚も一切の私情も、独狼には関係の無いこと。昼も夜もと区別なく、寧乃の命を狙う刺客どもに、独狼は血塗られた愛刀・扶桑正宗をただただ斬り上げる。
血煙が一面に舞いあがる、斬撃時代小説。(『独狼 念真流無間控』カバー折り返しの内容紹介より)
天明二年(1782)春。
平山雷蔵は、日光例幣使街道・八木宿(現在の栃木県足利市)での仕事を終えて江戸に戻ったばかりでした。彼は浅草今戸町の料亭で、老中・田沼意次と高祖藩江戸家老・塩屋又之丞に会いました。
「おぬしに護衛を任せたいと、名指にしてきた男がいる」
「俺の名が、筑前にまで轟いているとは思わなかったな。何とも有難迷惑な話だが」
「まぁ、あまり行ってやるな。おぬしを指名した男は、三瀬申芸(みつせしんげい)。かつて高祖藩の首席家老だった男よ」
その名を聞いて、雷蔵は軽い溜息をついた。
(『独狼 念真流無間控』P.29より)
申芸は雷蔵の父の剣友で、廻国修行の武芸者でもありました。彼は数年に一度、雷蔵の父の屋敷を訪れ、その滞在中に雷蔵に剣の手ほどきをしていました。また後年、浪人となった雷蔵に始末屋の元締め・益屋淡雲を紹介した恩人でもあります。
二人の話をまとめると、筑前高祖藩では藩主・神代章利(くましろあきとし)が病没し、跡継ぎをめぐって、藩主の庶子である兄・神代織之助との間で政争が勃発していました。申芸ら忠臣は、藩主の娘・寧乃を男の神代円次郎と偽り、跡継ぎにするため、寧乃を江戸へ連れて行ってほしいと依頼します。
織之助は嫡男を藩主にしたいと考えており、藩内に五千石の知行地を持つ上、博多や唐津の密商と組んで抜け荷に関与しているため、豊富な資金源を持っていました。
高祖の雷山にある穏宅で申芸は、再会した雷蔵に対し、六人一組の隊を三組編成し、それぞれに円次郎役をあてがい、西国街道、瀬戸内海路、山陰街道に分かれて江戸を目指す策を伝えました。
「三つの道の中では、山陰街道が最も困難。若い嗣子を連れ、この街道を歩むとは誰も思うまい。それだけに、必ず山陰街道には厳しい網を張るはずだ。そこでだ」
と、申芸は傍に置いていた地図を、雷蔵の前に差し出した。
「お前ならどうする?」
(『独狼 念真流無間控』P.64より)
雷蔵が選んだのは、西国街道と山陰街道の間にある険しい山地が続く道程でした。
深山幽谷の道なき道を進む、過酷な旅が始まります……。
一行は、男装の寧乃(円次郎)を中心に、申芸の家人である小暮庄六、佐敷武一郎、柿谷八十助、藩の小人目付・箭内主馬と権田半兵衛、そして護衛役の雷蔵からなる六人の護衛団です。
一方、神代織之助は人を道具のように扱い、使えるか使えないかで判断します。使えない道具は容赦なく捨てますが、使える道具には大きな権限を与えます。滅私で織之助に忠誠を誓う軍師であり、用人の日置源内は、時極流の剣の達人であり、頭脳明晰かつ教養もある人物ですが、目的のためなら手段を選ばない冷徹なリアリストです。この最強の敵役が物語をさらに引き立てています。
ヒーロー小説では、敵役が強大であればあるほど、主人公の輝きが増します。本書では、円次郎と雷蔵を狙う源内率いる刺客団が、質量ともに圧倒的であり、個性的な剣豪や忍びが次々と一行に襲いかかります。そのため、ページを繰る手が止まりません。
この超弩級の対決シーンの連続は、今村翔吾さんの明治を舞台にしたバトルロイヤル活劇『イクサガミ』に匹敵するほどの迫力です。時代小説史に残る、圧巻のバトルが描かれています。
雷蔵の背景も、物語の鍵を握る重要な要素です。
生まれは夜須。下野の譜代藩で、御手先役という刺客の役目を負った家に生まれた。
平山家には〔念真流宗家〕という肩書こそあれど、所詮は人斬りである。雷蔵も父も祖父も、そして代々の平山家当主たちも同じで、言わば人殺しの血脈だった。
雷蔵もまた、御手先役として多くの人間を斬った。悪人も善人も関係ない。主家の命を受けて、女も子供も手に掛けた。それが忠義だと思ったからだ。
(『独狼 念真流無間控』P.149より)
決死の江戸への旅を通じて、じゃじゃ馬の姫・寧乃と、何を今さら人助けをと斜に構えていた雷蔵も、それぞれ人として成長していきます。二人の心の交流も見逃せない読みどころの一つであり、センチメンタルな読後感が残ります。
本作は、日頃のモヤモヤやストレスをすっきりさせたい方におすすめの時代小説です。
独狼 念真流無間控
筑前助広
早川書房
2024年8月25日 初版発行
cover design:k2
cover illustration:ゴトウヒロシ
目次
序章 念真流
第一章 江戸
第二章 十坊
第三章 高祖
第四章 鹿家
第五章 雷山
第六章 小倉
第七章 津和野
第八章 篠山
第九章 亀山
第十章 京都
第十一章 中山道
第十二章 甲州道中
最終章 無間
附記
本文353ページ
文庫書き下ろし。
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