『牡丹と獅子 双雄、幻異に遭う』|翁まひろ|角川文庫
翁まひろさんの中華風ファンタジー小説、『牡丹と獅子 双雄、幻異に遭う』(角川文庫)紹介します。
著者は、2022年、第8回角川文庫キャラクター小説賞の大賞と読者賞をダブル受賞し、2023年に受賞作を大幅に加筆修正した『菊乃、黄泉より参る! よみがえり少女と天下の降魔師』で、角川文庫からデビューしました。
注目のデビュー第2作は、なんと、中華風ファンタジー小説でしかもブロマンス(恋愛ではない男性同士の絆や、一歩踏み込んだより深い友情)です。どんなストーリーが楽しめるのか、ワクワクしながら本書を手に取りました。
便利屋の劉英傑は、水神の祟りとされる事件をきっかけに丁洛宝という道士の噂を聞く。牡丹さながらの美貌だが、人嫌いで、さらには目が合うと死ぬという。だが英傑は、毒舌ながら表裏のない洛宝を面白く思い、怪異がらみの便利屋仕事で教えを乞うことに。洛宝は強引に居候となった英傑を疎ましく思いつつも、事件を共に解決するうちに興味を抱き始める。しかし2人には、それぞれ消せない過去の傷があって……。中華風ブロマンス!
(『牡丹と獅子 双雄、幻異に遭う』カバー裏の紹介文より)
乾(けん)帝国の南の辺地に、神仙が住むという白淵山がありました。
その麓にある龍渦城市は交易で栄えた水郷。
龍渦城市の玄関口にある牌楼にやってきた便利屋の劉英傑は、不思議な光景を見ました。
これまで歩いてきた街道には早春の日差しが照りつけていていますが、牌楼の先は土砂降りの雨で、牌楼を境に天気が二分していました。
龍渦城市に入ってすぐ英傑は、知り合いの袁(えん)に声をかけられました。
「悪いことは言わねえ、あんたもはやく逃げな」と。
「…おい、袁さん。その顔、いったいなんの冗談だ」
男は深々と嘆息し、重苦しい仕草で頭巾を頭から取り去った。
そこにあったのは「魚」だった。体は人間のものだが、頭があるはずの場所に黒い鱗をした大きな魚がのっている。滑稽な姿だ。だが、笑えない。かぶりものかとも思うが、真正面から見た魚の身幅の狭さからして、この下に人間の顔が収まっているとは到底思えなかった。なにより、ねめりを帯びた真円の魚眼があまりに生々しい。(『牡丹と獅子 双雄、幻異に遭う』 P.8より)
それは魚のかぶりものではなく、本物の魚でした。袁さんは今朝、いきなり頭が変わったと言い、水神様の祟りだとも。
城市の外に出れば、もとに戻るということで、魚頭をした者たちがみな、荷を背負い、魚頭の赤子を抱き、城市の外を目指していました。
冒頭の住民がみな魚頭をしているという、ぶっ飛んだ怪奇な設定に物語の世界にグイと引き込まれました。
(水神の祟りだって? なにがどうなってやがる)
やがて自宅のある川辺にたどりついた英傑は「嘘だろ」と呟いた。男の言うとおり、見慣れたあばら家は、建っていたはずの地面ごと濁流に抉りとられてしまっていた。
(『牡丹と獅子 双雄、幻異に遭う』 P.9より)
旅の護衛から帰ったばかりの英傑は、便利屋の元締めで酒楼〈明洙楼〉の女主人蔡紅倫から、新しい仕事を受けました。
「百華道士」という通り名をもつ、絶世の美男子ながら目が合うと死ぬという噂がある、道士・丁洛宝の魔の手から、裕福な宿屋の少年・呂阿弓を守ってほしいというもの。
阿弓は、脅迫の手紙を受け取り、百華道士からさらわれる、水神の供物にされる、と怯えていました……。
英傑が阿弓の護衛についたその夜、宿に百華道士が現れます。
「あんた、百華道士だろ? お噂はかねがね、まさに牡丹のような美しさだな」
ふいに道士の目つきが鋭さを帯びた。
「次に私を百華と読んでみる。貴様の額に『馬鹿』の二文字を刻んでくれる」
面食らう。華麗な美貌からは想像もつかないほどの悪態だ。
英傑はにやりと笑って、欄干を掴んで雨中に飛びおりた。体格に似合わぬ軽やかさで眼前に着地した英傑を見て、道士がわずかに身を引く。
「俺の名は、劉英傑。便利屋だ。ひと呼んで、獅子屋だ。あんたの名は? 百華道士って呼ばれたくないなら教えてくれ」
「丁洛宝」(『牡丹と獅子 双雄、幻異に遭う』 P.22より)
死が視えるという特異な能力をもつ丁洛宝は、その力ゆえに人との交わりを避けて、白淵山の山奥に住んでいました。
白淵山にある陥湖(かんこ)に棲む水神の祟りを鎮めるために、阿弓を連れていくと。
英傑も二人に同行することに。
洛宝は、どうやって祟りを鎮めるのでしょうか?
本書は連作形式で、水神の祟りのほか、泊った客がすべて死ぬ宿に出る化け物、道観(道教寺院)で行われる死者をよみがえらす招魂の真偽など様々な怪異を取り上げています。〈百華道士〉と〈眠らずの獅子〉の異名をもつ便利屋がバディを組んで、その謎を解いていきます。中華風ファンタジーというよりは、中華風怪異冒険小説といったところです。
水神の祟りを鎮めた後、大雨で自宅をなくしたので、洛宝の館の廃屋の一つを使わせてくれと申し入れる英傑と、一人気ままな生活を邪魔された洛宝。
館ではぐうたらな洛宝の面倒を甲斐甲斐しくみる、虎の子そっくりながら、牛の尾を持ち、人の言葉がしゃべれる精怪の斗斗がなんともかわいいです。
強引に居候を始める英傑を疎ましく思いながらも、事件をともに解決するうちに興味を持ち始めます。
本書の章立てにも使われていますが、「志怪(しかい)」ということばがあります。
怪奇な出来事、超現実的な霊威の働きなどの記録のことで、仏教や道教、民間伝承に由来したさまざまな説話を含んでいるとも言われています。
巻末の参考文献には、「志怪小説」を含めていくつかの書籍が挙げられていて、資料に裏打ちされた知識で物語を補強しているのが、面白さの源泉の一つとなっているように思いました。
怪異の謎解きともに洛宝と英傑の友情、それぞれが抱えた過去の傷が描かれています。
二人に加えて、〈簒奪侯〉と呼ばれる野心あふれる清州刺史・楊荘亮などのキャラクター設定が上手く、最後まで一気読みしてしまいました。
時代小説ファンの方も、カズキヨネさんの美しすぎる表紙装画のイメージに、自分には関係ない世界と思わないで手に取ってみてください。
中華風ファンタジー小説をほとんど読んだことがない、時代小説脳の私ですが、この作品は文句なしに堪能しました。
怪異を解く、丁洛宝と劉英傑のバディの活躍をもっと読みたいと思いました。次巻の発売が待ち遠しいです。
牡丹と獅子 双雄、幻異に遭う
翁まひろ
KADOKAWA・角川文庫
2024年7月25日初版発行
カバーイラスト:カズキヨネ
カバーデザイン:AFTERGLOW
●目次
志怪一 陥湖の水神
志怪二 泊まれば死ぬ宿
志怪三 招魂の真偽
志怪四 讖(しん) 天命の書
終
本文315ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本