『編み物ざむらい(三) 迷い道騒動』|横山起也|角川文庫
横山起也(よこやまたつや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『編み物ざむらい(三) 迷い道騒動』(角川文庫)を紹介します。
編み物作家として活躍している著者は、2022年12月、『編み物ざむらい』で時代小説家デビューをし、2023年に第12回日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞も受賞しました。本書は、「編み物ざむらい」シリーズの第3弾です。
時は江戸末期。浪人の黒瀬感九郎は真魚との祝言を控え、「仕組み」を辞退しようと思っていた矢先、指名でメリヤス仕事が入る。依頼主は横浜に店を構える米利堅人のロジャーで、手持ちのメリヤス服の破れを繕って欲しいとのことだった。ロジャーのもとを訪れると、そこには先日江戸で助けた、黄金色の髪の子どもがいた。さらに、ロジャーは今度の「仕組み」の重要人物で……!? 編み物で人の心を救う、新感覚時代活劇!
(『編み物ざむらい(三) 迷い道騒動』カバー裏の紹介文より)
浪人・黒瀬感九郎は日本橋の大魚問屋『魚吉』の娘・真魚(まお)との祝言を控え、裏の仕事である「仕組み」を辞退しようと思っていました。しかし、墨長長屋の仲間たちには口にできずにいるうちに、御前から新たな「仕組み」の話がありました。
御前によると、横浜に逗留している米国人通詞・ロジャー某と悪党たちの集う「組織」が接触していて、ロジャーは黒船でやってきた米国人らとも関係を持つとも。すなわち、米国人と「組織」が結び付く恐れがあると言います。
「ことは何故、悪党の奴らが『組織』におさまっているかという話に及ぶでやすが……実は『組織』の当目は織田、豊臣の系譜を汲んでいる、お城におわす将軍様に仇なす者なんでやすよ。これはアタシの考えにすぎやせんが、悪党たちは黒船の奴らと手を組んで、幕府を…転覆させようとしているのに違いないのでやす」
「なんと! 『一目連』ならやりかねませんね」
感九郎がそう呟くと、御前は驚いたような声をあげた。
(『編み物ざむらい(三) 迷い道騒動』P.16より)
つい先日、御前が屋敷を留守にしている間に起きた、「一つ目小僧騒動」という一連の出来事の中で、感九郎は様々なことを知ったのでした。(『編み物ざむらい(二) 一つ目小僧騒動』を参照)
「仕組み」に加わったことで、「一目連」と浅からぬ因縁ができた感九郎は、そのせいで己の心について知ることもできました。
本書の魅力は、感九郎が得意の編み物の技で、「仕組み」を助けて騒動を解決していくことだけでなく、己の心の中について向き合っていき、成長していく青春小説になっている点にもあります。
感九郎が、幼い頃より感じていた虚無の詰まった「胸中の穴」や、自分を責めるばかりの「喉に絡んだ糸」に向かい合うところなど、内面を解き明かしていくところが描かれていて、こんがらがっている心がスッキリします。
真魚の実家がある日本橋で、酔った旗本が外国人の少年に難癖をつけているところに出くわした感九郎。
刀も抜かずに掴みかかってきた旗本を得意の森護流体術の型で旗本を倒しました。
少年は、助けてもらったお礼を告げるとともに、「先ほどの武家が無体な真似をしたこと、本邦の者として深く謝りたい」という感九郎に、こういうことは覚悟で外に出ているとも言い、感九郎の懐からまろび出たメリヤスの手袋を拾って尋ねました。
「これはお侍さんがおつくりになられたのですか?」
「編んだのは私だが」
「なんて素晴らしい!」
そういうと、感九郎が受け取ろうとした手袋を改めて目の前に持ち上げ、繁々と眺めている。
いかにも感心しているようで、目が輝いている。
「この国のものづくりが丁寧なのは確かですが、異国文化の物をここまで綺麗につくるとは驚きです」(『編み物ざむらい(三) 迷い道騒動』P.40より)
感九郎は、「朝(あさ)」と名乗る少年を天麩羅売りの屋台に誘い、さらに話をつづけました。
朝は、異国人の父と日本人で遊女の母との間に生まれた混じり血だと言い、語学の天才で日本語も堪能でした。
メリヤスを編むことができる感九郎が羨ましいとも。
「羨ましい?……メリヤスのことか」
「はい。メリヤスは海の向こうのものです。僕の身を流れる血の半分はそうですから、今までも気になっておりました」
その顔に浮かぶ表情を見ると、どうやら本当のようである。
感九郎も編んでいる時にメリヤスの来し方を夢想することもあったから、その気持ちはわかるような気がした。
「そうか……もし無理なければだが、私と一緒に編まないか」(『編み物ざむらい(三) 迷い道騒動』P.53より)
感九郎にメリヤス服の破れの繕いを依頼してきた横浜居留地の「隅路地屋」を訪れると、ロジャー・スミスと名乗る米国人が出てきました。
黒船のペリー提督と一緒に日本に来て、日本に居留してやってくる米国人に日本文化を伝える役目をしていると説明しました。
感九郎はロジャーが「仕掛け」にかかわる重要人物で、「一目連」がつなぎをつけようとしている、御前の言っていた米国人通詞、ロジャー某その人に違いないということに気づきました。
「仕組み」からの脱退を考えていた感九郎ですが、許嫁の真魚までがロジャーと関わることとなり、今回も「仕組み」に加わることになり……。
朝は感九郎に、ギリシャ神話のミノタウロス(牛頭人身の怪物)の話をして、己の心の奥底にも化け物が棲んでいるかもしれない、迷い道のようなものだと言いました。自分の内を探るうちに迷って出られなくなってしまうことを恐れているとも。
ジュノーやコキリらの「仕掛け」を手伝う傍らで、亡くなった母のことで、父のロジャーとの関係に悩む朝の影の糸をたどり、そのもつれた糸をほどくことを繕うとしていきます。
刀の代わりに編み針で、人の心を編み直す感九郎の活躍が爽快な時代小説です。
一目一目丁寧に編んでいく手仕事のように、緻密に作られた著者の時代小説は、読者の琴線に触れ、心を温める物語になっています。
感九郎が繕うことになるメリヤス服は、アイルランドのアラン諸島の漁師たちがユニフォームのように着用していたアランセーターのよう。
著者が、小説家の伊藤尋也さんと対談した際に出てきた話を思い出し、うれしくなりました。
編み物ざむらい(三) 迷い道騒動
横山起也
KADOKAWA 角川文庫
2024年8月25日初版発行
カバーイラスト:丹地陽子
カバーデザイン:坂詰佳苗
●目次
第一章 感九郎、忸怩する
第二章 感九郎、握らされる
第三章 感九郎、贈られる
第四章 感九郎、巻き込まれる
第五章 感九郎、再会す
第六章 感九郎、繕う
第七章 感九郎、慌てる
第八章 感九郎、さらに繕う
第九章 感九郎、結ばれる
本文250ページ
書き下ろし
■今回取り上げた本