シェア型書店「ほんまる」で、「時代小説SHOW」かわら版を無料配布

病に屈せず、天に挑んだ、関ヶ原武将・大谷刑部吉継の生涯

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

『天に挑む 大谷刑部伝』|佐々木功|角川春樹事務所

天に挑む 大谷刑部伝佐々木功(ささきこう)さんの『天に挑む 大谷刑部伝』(角川春樹事務所)は、戦国武将・大谷刑部少輔吉継(ぎょうぶしょうゆうよしつぐ)の生涯を描いた長編小説です。

大谷刑部というと、関ヶ原の戦いに参戦した武将で、一二を争う人気があります。
石田三成との友情を大切にし、豊臣家への忠義を守り、病を押して戦地に赴いたということで、悲劇のヒーローとも呼ばれています。

しかし、関ヶ原の戦場に現れるまでの物語は意外に知られていません。
本書は、『天下一のへりくつ者』『真田の兵ども』など、独自の視点から戦国武将を取り上げてきた著者が、関ヶ原で伝説となった武将の生き様に光を当てた歴史小説です。

「百万の軍勢を率いさせたい」
天下人豊臣秀吉にそう言わしめた勇将、大谷刑部。
敦賀五万石の小領主は、なぜ天下分け目の大戦を起こせたのか。
いかなる思いで関ヶ原の戦場に立ったのか。
生い立ち、病との闘い、父なる主君、友との出会いと訣別、
家臣・家族との絆、そして、最強の敵への挑戦。
謎につつまれた名将の渾身の生き様を、斬新な切り口で描く。

(『天に挑む 大谷刑部伝』カバー帯の内容紹介より)

慶長十六年(1611)六月。
紀州九度山(くどやま)で蟄居していた、真田安房守昌幸が六十五歳で亡くなりました。
その数日後、その息子・真田源次郎信繁のもとに、旅姿で大谷大学助吉治がやってきました。

大学は、かの大谷刑部吉継の実弟であり、男子のない吉継の養子となり、いっとき大谷家を継いだ男です。
大谷刑部の娘を妻にしている信繁にとっては義理の兄にもあたります。

 大学は大事そうに持ってきた白布の包みを前に押し出してくる。
「左衛門佐殿に、お読みいただきたいものが」
 信繁は眉根を寄せたままである。その前で、大学は包みをほどいてゆく。
 一冊の綴じ文が現れる。大学は強く前に押し出してくる。
 その熱気に導かれるように、信繁は手を伸ばした。
 黄ばんだ冊子を持ち上げて、ウッと目を見開く。
 表紙の真ん中にこの記の題目であろう「関ヶ原を見渡す山中の陣にて」とある。
 
(『天に挑む 大谷刑部伝』P.17より)

それは、慶長五年九月、関ヶ原で陣を張っていた大谷刑部が大決戦の前に記した手記でした。
大学は「左衛門佐殿に今こそ、お読みいただくべきと思い、持参いたした」と言い、わかりづらいところは私がお話ししましょうとも。

その手記は、吉継(幼名紀之介)が九つのときから始まります。
天正元年(1573)、新たに長浜の領主となった織田家臣、木下藤吉郎秀吉のもとに、母が秀吉の妻ねねの縁を頼って伺候しました。
ねねは母を侍女として己のそばに置くといい、さらに秀吉のもとに紀之介を連れて行きました。

「また、頼もしきわが息子が生まれてくれた。うれしいのお!」
 そんな大仰な、生まれて初めて受ける歓迎の渦中で、少年のわしは呆然と立ち尽くしていた。
 
(『天に挑む 大谷刑部伝』P.27より)

にわかに大身となった秀吉は、人をかき集めていて、奉公せんと訪ねてくる縁者には皆そう言っているかもしれませんが、紀之介にとっては父ができた瞬間でした。

秀吉の家中に加わり、城に慣れると小姓として秀吉の傍に仕えるようになりました。
そして、同じく小姓で五つ年上、俊才として家中に響き渡っている、石田佐吉(後の三成)から「わしのことは佐吉と呼べ。わしにはなるべく横柄に振舞え」と言われるのでした。
それは秀吉の策謀でもありました。

二十歳を過ぎたころ、紀之介は秀吉の天下取りに従軍し、病を重くしたことがありました。
皮膚の爛れは上半身をすべて覆い、首まで至り、膿や瘡になってはまた剥けるというひどい有様でした。
そんな折、大坂では辻斬り騒動が起こり、「悪瘡に病んだ大谷紀之介が千人の生き血を吸えば病が治ると夜な夜な人斬りに出ている」という噂も広がりました。

「紀之介、その病は天が与えたもの、己が背負う宿命じゃ。勝ったも負けたもねえ。じゃが、おみゃあが病を恥じて身をひくっちゅうなら、それは己から負けを取ったちゅうことじゃ」
 まっすぐにわしを見て、真顔になった。
 
(『天に挑む 大谷刑部伝』P.44より)

病に気が弱くなっている紀之介を見舞い元気づける秀吉の姿にジーンときました。
このとき、宿痾を負いながら、闘う武将・大谷刑部が生まれたのかもしれません。

物語は、秀吉の側近として力を付け、盟友三成と友情を深めていく若き日の姿、「百万の軍勢を率いさせたい」と秀吉に愛された軍才、その一方で戦場での激務で次第に重くなる病など、これまで描かれることが少なかった、関ヶ原以前の大谷紀之介(刑部吉継)が鮮やかに描き出されていきます。

父の如く敬愛していた秀吉が亡くなった後の大谷刑部としての活躍が目覚ましく、新視点から描かれていて夢中で読むことができました。

敦賀五万石の小領主が、豊臣方の一人として、最大の実力者徳川家康の懐に入り家康をも動かします。
豊臣家の安寧のため、歴史の裏方に徹した設定が出色の面白さで痛快至極です。
時には対立することもありながらも、三成のすべてを理解する刑部とその思いを知る三成、二人の真の友情にも胸を打たれました。
そして刑部の遺志は、大坂夏の陣に挑む、二人の息子(真田信繁・大谷吉治)に託されました。

悲劇のヒーローではない、戦国ヒーローで名将である大谷刑部が堪能できる一冊。
新しい戦国小説を読みたい方にお勧めします。

天に挑む 大谷刑部伝

著者:佐々木功
角川春樹事務所
2024年6月8日第一刷発行

装画:山本祥子
装幀:五十嵐徹(芦澤泰偉事務所)

●目次
序章 紀州九度山
一章 生まれる
二章 動乱
三章 苦闘
四章 関ヶ原
追章 夏の陣

本文401ページ

書き下ろし

■今回取り上げた本



佐々木功|時代小説ガイド
佐々木功|ささきこう|時代小説・作家大分県大分市出身。早稲田大学第一文学部卒業。2017年、『乱世をゆけ 織田の徒花、滝川一益』で第9回角川春樹小説賞を受賞しデビュー。■時代小説SHOW 投稿記事amzn_assoc_ad_type ="r...