『運び屋円十郎』|三本雅彦|文藝春秋
先日発表された第13回日本歴史時代作家協会賞の新人賞候補に選ばれた、三本雅彦(みもとまさひこ)さんの時代小説、『運び屋円十郎』(文藝春秋)を紹介します。
著者は、2017年に「新芽」で第97回松本清張オール讀物新人賞を受賞し、本書で単行本デビューを果たしました。
尊皇攘夷で揺れる江戸幕末を舞台に、密かに請け負った物を命がけで届ける〈運び屋〉の若者を描いた痛快エンタメ小説です。
やり手の〈運び屋〉として江戸の街を駆け回る円十郎は、ある夜襲撃を受けるが、それは大きな災厄の始まりにすぎなかった――。
(『運び屋円十郎』カバー帯の紹介文より)
一年前に父・半兵衛の代わりに〈運び屋〉を始めた円十郎。刃を向けられることが度々ありながらも、得意の体術と忍びの技で切り抜けて確実に託された品物を指示された場所に届けることができ、やりがいも感じていました。運びの依頼も度々入るようになっていました。
仕事を終えて、江戸柳橋の船宿〈あけぼの〉にやってきて、〈運び屋〉の元締めでも主の日出助に仕事の報告をしました。
「さて、今夜も一つ頼めるかな? 珍しく連日の仕事になってしまうけど」
「お任せください」
「運びの掟、言ってご覧なさい」
これも毎回のことだ。〈運び屋〉として守らなければならないことを、依頼を受けるたびに言わされる。面倒ではあるが、気を引き締めるつもりで口に出す。
「一つ、中身を見ぬこと。二つ、相手を探らぬこと。三つ、刻と所を違えぬこと」
日出助が頷く。掟の一、二はつまり、誰が誰に何を渡そうとしているのかを知ろうとするなというものだ。(『運び屋円十郎』P.13より)
この掟は依頼人のためだけでなく、自分たちが厄介な目に遭わないようにするためのものでもあります。安くない金を払って運ぶよう依頼があるので、尋常な中身ではありません。
そんな荷物を誰に届けたか知ってしまっては、命がいくつあっても足りません。
〈運び屋〉の仕事の格は、報酬と危険度に応じて、松・竹・梅と分けられていました。
その日依頼された仕事は、根津権現の立ち木の虚にある荷物を回収して、玉池稲荷の祠の裏に丑三つまでに届けよというものでした。〈松〉の格の仕事です。
円十郎の姓は柳瀬で、戦国の世には小田原の北条家の忍びだったと。
柳瀬家には家伝の柳雪流躰術の技を継承してきて、円十郎も半兵衛から躰術を叩き込まれていました。
根津権現の参道の向こう側の木立にある木の虚から、油紙に包まれた厚みのない荷物を取り出して、根津権現から出ていくと、口元を手ぬぐいで覆い隠した武士に行く手を阻まれ、背後からさらに三人が現れ、前後左右を囲まれました。
大刀を抜いた四人の武士たちの中に、円十郎は見覚えのある者を見つけました。
剣を抜いた武士たちに対して、円十郎は柳雪流躰術の蹴りと拳打、投げで倒していきます。円十郎は争闘の中に、水戸藩を脱藩した友人・青木真介を見出しました。
拳で鳩尾を打ち、足を払い、うつ伏せに倒れた真介の背中に肘を落とした。真介は息も絶え絶えに、
「水戸の――この国のために、荷を返せ……」
苦悶の表情で見上げながら円十郎の足首を掴んでくる。円十郎は己の懐にある荷物を守るように触れた。
「我らの、攘夷の志を――」
(『運び屋円十郎』 P.22より)
友とのうれしいはずの再会。
しかし、今の自分は〈運び屋〉で、相手が友であろうとも、預かった荷物を渡すわけにはいきません。円十郎は路地を抜けて和泉橋に出ました。
この橋を渡れば、運び先の玉池稲荷は至近。
ところが、橋で何者かに待ち伏せされて襲われました。しかも、今度の相手は徒手空拳で対するのは厳しい難敵でした……。
日出助から和泉橋の襲撃者が、頼まれた物を引き取っていく〈引取屋〉であることを教えられました。〈引取屋〉は〈運び屋〉の仕事を途中で邪魔して、荷物を横取りすることも。
かつて真介とよく通った白山権現近くにある茶屋〈くくり屋〉の娘・理緒に再会したことから、真介が攘夷の志をもって活動していることを知り、あの日、自分が運んだ荷物が水戸藩に関わるものであることを知りました。
父を通じて、志や夢が自分だけでなく他人をも不幸にすることを知っている円十郎。
〈運び屋〉の仕事を通じて、水戸脱藩浪士と幕府の隠密の抗争に巻き込まれていきます。
徒手空拳では、仕事を邪魔する者を退けられないと考え、小太刀術を学ぼうと、江戸の三大道場を見て回った円十郎が入門したのは……。
柳雪流躰術と剣術との対決が面白く、円十郎が繰り出す打撃の衝撃とスピード感の迫力に興奮しました。
本書は、連作形式の五話で構成され、〈運び屋〉として成長していく円十郎が描かれていきます。
新人らしい、さわやかな読み味の青春小説で、円十郎にかかわる二人のヒロイン・理緒と〈あけぼの〉の女中・お葉も魅力的です。
もっともっと円十郎の活躍を読みたく、続編も期待しています。
幕末でおなじみの人物も登場し、円十郎と絡んでいくところも楽しく、アクションあり、友情あり、冒険ありで、普段時代小説をあまり読まない人にもおすすめです。
運び屋円十郎
三本雅彦
文藝春秋
2023年6月10日第一刷発行
装画:茂木たまな
装丁:征矢武
●目次
運び屋円十郎
百両の荷物
幽世の蛇
わかれ路
手のぬくもり
本文291ページ
初出:
「運び屋円十郎」 「オール讀物」2021年3・4月号
「百両の荷物」 「オール讀物」2021年11月号
「幽世の蛇」「わかれ路」「手のぬくもり」は書き下ろし
■今回取り上げた本