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イケメンで腕利き同心に、絶世の美女の旗本息女との縁談が

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『春待ち同心(一) 縁談』|小杉健治|コスミック時代文庫

春待ち同心(一) 縁談小杉健治さんの文庫書き下ろし時代小説、『春待ち同心(一) 縁談』がコスミック時代文庫から刊行されました。

本書は、2012年6月に、角川春樹事務所の時代小説文庫として刊行された『縁談 独り身同心(一)』を改題し、大幅に加筆修正された作品です。
この作品は捕物小説の傑作のひとつで、何も知らずに読んでも十分に満足でき、次の話が読んでみたくなります。
読み終わった後、細谷正充さんの解説を読んでみると、「そういうことなのか」とますますシリーズのことが好きになりました。

定町廻り同心・井原伊十郎。数々の難事件を解決してきた北町奉行所の腕利き同心だが未だ独り身で、上役から縁談話が持ち込まれる。相手は五百石取り旗本の出戻り娘・百合。伊十郎はどう断ろうかと思案するが、百合を一目みた瞬間、この世のものとも思えぬ美貌に心を奪われた。つれない百合の態度にもめげず、思いを募らせる伊十郎はまた、妖艶な音曲の師匠・おふじからは言い寄られ、心が揺れている。
 一方、その頃江戸では、誰にも気づかれずに金を盗み出す、怪盗「ほたる火」が跋扈していた。さらにほたる火が侵入した大店でも新たな事件が起こる! 恋に捕物に大忙しの伊十郎、許嫁の「心」と怪盗の「身柄」を両方お縄にできるのか!? 時代劇捕物・新シリーズ、ここに開幕!

(『春待ち同心(一) 縁談』カバー裏の紹介文より)

北町奉行所定町廻り同心の井原伊十郎は、上役の年番方与力の高木文左衛門から縁談話を持ち込まれました。
相手は五百石取りの旗本・柳本為右衛門の娘・百合で歳は二十二歳。出戻りではあるが絶世の美女だと言います。

三十三歳の伊十郎は眉が濃く、切れ長の目は鋭く、鼻筋が通っていて、イケメンの部類に入りますが、どういうわけか若い女には縁がなく、近寄ってくるのは水商売の女だとか妾だとかばかり。
伊十郎もそういった年増の女たちに惹かれ、これまでにも妾や後家、芸者などと付き合ってきて、そのことで度々問題を起こすことも。

伊十郎は、身分違いで家柄不相応を理由に縁談を断ろうとしますが、文左衛門からは女のことで、また問題を起こすようなら、配置換えもあると威され、明後日まで返事をするように言われました。

出戻り女を押しつけられたと、くさくさした気分の伊十郎は、呑み屋で一人散々飲んだ帰り、江戸市中を騒がす盗人『ほたる火』を目撃しました。
暗がりを駆けてきた賊を十分に引き付けておいて、伊十郎は賊の前に立ちふさがり十手を突き付けました。
逃げる『ほたる火』の足を目掛けて十手を投げつけると、右足に命中し、賊はよろけました。

 伊十郎は飛び掛かり、起き上がった賊の背後から押さえ込んだ。
「観念しやがれ」
 暴れる賊を羽交い絞めにしようとした。そのとき、伊十郎の左手が賊の胸を掴んだ。
 一瞬、伊十郎の手から力が抜けた。

(『春待ち同心(一) 縁談』P.18より)

伊十郎は賊を取り逃がしてしまいました。
その二日後の朝。
八丁堀の井原伊十郎の屋敷に、突然百合がやってきました。

「柳本為右衛門の娘、百合と申します。この近くまで参りましたので、立ち寄らせていただきました」
 伊十郎は呆気にとられた。
 文左衛門の言うように申し分のない女だった。出戻りの上、我が儘で生意気そうな印象だが、そういう欠点を補って余りある美貌だ。
 
(『春待ち同心(一) 縁談』 P.23より)

「ご返事をお待ちしてしております」の言葉を残して去った百合との縁談を失ってはならないと、伊十郎はすぐに縁談を受ける旨を文左衛門に伝えますが……。

一方、二日前の夜に伊十郎が取り逃がした『ほたる火』の被害もわかりました。
一人働きの錠前破りの名人で、家人に気づかれずに、土蔵の扉を開け、盗むのは店の規模によって、五十両から百両の間で、引き上げるときにまた錠をしていくので盗まれたことに気づきにくいと。
大伝馬町にある下駄問屋『山形屋』で、百両盗まれたと言います。
調べていくと思いもかけないことが……。

さらに、付け届けをもらっている呉服問屋から持ち込まれた難事。
ある旗本の奥方に売約済みの反物を、五十絡みの男と若い男の二人組に盗まれたので取り返してほしいと。

そんな中で、伊十郎は音曲の師匠で妖艶なおふじと知り合いになりました。

一見無関係と思えるいくつかの事件がリンクしていくストーリー展開の精妙さと、伊十郎をめぐる女たちの描写が見事です。

 稲毛伝次郎は四十前の男で、色白のせいか髭の剃りあとが青々としている。
「岡っ引きの佐平次も驚くだろう」
 この伝次郎の縄張りはしばのほうなのだが、じつは先ごろまで伊十郎の手先となって、さまざまな難事件を解決していた佐平次が、いまはこの伝次郎から手札をもらい、芝に住んでいるのだ。

(『春待ち同心(一) 縁談』 P.47より)

物語のチラッと触れられているように、伊十郎は、頭は切れるが悪人面の平助、力だけは人並み以上の次助、女も敵わぬ美貌の佐助を、三人で一人の岡っ引きとする「佐平次」の生みの親でもあります。
この作品で興味をもって「三人佐平次捕物帳」もおすすめします。

春待ち同心(一) 縁談

小杉健治
コスミック出版・コスミック時代文庫
2024年7月25日初版発行

カバーイラスト:丹地陽子

●目次
第一章 縁談
第二章 音曲の師匠
第三章 約束
第四章 思案橋にて

解説 細谷正充

本文299ページ

『縁談 独り身同心(一)』(ハルキ文庫、2012年6月刊行)を改題し、大幅に加筆修正したもの。

■今回取り上げた本


小杉健治|時代小説ガイド
小杉健治|こすぎけんじ|時代小説家・ミステリー作家 1947年、東京生まれ。 1983年、「原島弁護士の処置」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。 1988年、『絆』で第41回日本推理作家協会賞を受賞。 1990年、『土俵を走る...