『北の御番所 反骨日録【十一】 霧の中』|芝村凉也|双葉文庫
芝村凉也(しばむらりょうや)さんの文庫書き下ろしシリーズ、「北の御番所 反骨日録」の第10弾『ごくつぶし』(双葉文庫)は、ファンの心を鷲掴みにしたままで終わっています。
主人公で北町奉行所の隠密廻り同心の裄沢広二郎(ゆきざわこうじろう)が、酒宴の帰り、暗夜に何者かに襲われたところで、次へ続くとなっていました。
裄沢は優秀な頭脳を持ちながらも、剣の腕はさっぱりで荒事も苦手ですので、この後、どうなるのか心配なところです。
朋輩である来合轟次郎の妻・美也の懐妊を祝う祝宴の後、隠密廻り同心の裄沢広二郎が姿を消した。その知らせを受け、北町奉行所の廻り方総出で裄沢失踪の究明が始まった。裄沢は誰に襲われ、なぜ拐かされたのか!? そんな折り、江戸湊を臨む南品川猟師町で一杯飲み屋を営むお縫の許に、記憶を失った身元不明の男が担ぎ込まれる――。書き下ろし痛快時代小説、人気シリーズ第十一弾!
(『北の御番所 反骨日録【十一】 霧の中』カバー裏の紹介文より)
シリーズ第11巻の『北の御番所 反骨日録【十一】 霧の中』(双葉文庫)は、前の巻を受けての展開となります。
その日の朝、北町奉行所定町廻り同心の来合轟次郎のもとに、裄沢の下働きの老爺・茂助がやってきました。朝早くに来たことを詫びたうえで、轟次郎が広二郎からの伝言かと訊くとと、意外なことを話しました。
「いえ、それが……旦那様が、一昨日の夜からお帰りになりませんで」
意外な言葉に、一瞬呆気に取られてしまった。
「? ――あいつ、家に戻らず外泊するようなことが、以前からあったか」
「いえ。もちろん町奉行所で宿直番をなさるようなときにお戻りにならぬ日はございましたが、そのようなときには事前に必ずお知らせくださっておりました。もしお忘れのままご出仕なされたとしても、旦那様なら夜になる前にはその旨の使いを出してくださったはずにございます」
「町方では二晩続けての宿直番などはない。それにそもそも、廻り方(定町廻り、臨時廻り、隠密廻りの総称)になった今では宿直番は免ぜられておるしな」
(『北の御番所 反骨日録【十一】 霧の中』 P.9より)
家の者に何の断りもなく外泊する、しかも二晩続けてなどという行為は裄沢らしくありません。
幼馴染みで親友の来合にもまったく思い当たる節はなく、その日非番でしたが町方装束に着替えて奉行所に行き、内与力など事情を知る者がいないかを確認しました。
内与力も、朋輩の廻り方も裄沢の行方を知っている者はなく、行方不明になる前の様子も変わりはなかったと証言。
来合ら廻り方の同心は、何か事件に巻き込まれたと思い、皆で手分けをして、裄沢の行方を探ることに。
また、裄沢が私事で無断欠勤をしていることは、内与力より奉行の小田切土佐守直年にも報告されました。
奉行は、廻り方が何か掴んだときには、すぐに自分にも知らせるようにと命じました。
夕刻、出仕している定町廻りや臨時廻りの全員が同心詰所に戻ってきて、結果を報告し合いましたが、何の手掛かりもつかめません。
「なにしろあの日の裄沢さんは、町方装束でしたしねえ」
ただの合いの手のはずのそのひと言が、皆に深刻な影響を与える。
「……ってこたぁ、まず間違いなく裄沢さんがどういう者か判って襲われた――少なくとも、町方相手だろうが遠慮なしに手荒なまねをしてくる野郎に狙われたってことんなるな」
(『北の御番所 反骨日録【十一】 霧の中』 P.34より)
裄沢は誰に襲われ、連れ去られたのでしょうか? そして無事なのでしょうか?
同心たちは、そんな荒業をするものに心当たりはないか皆に尋ねます。
隠密廻りになってからだけでも、池之端の口入屋紛いの破落戸に、吉原の中堅どころの妓楼の主、北町奉行所に因縁をつけてきた加役(火付盗賊改方)と裄沢のことを恨みに思っている者が目白押しです。
しかも、その前に代役で定町廻りをつとめたときも立て続けに手柄を立て、幕閣のお偉方からも目をつけられました。
さらに、裄沢に尻尾を掴まれそうになって逃げだした海賊一味や、娘軽業を装った盗人一味まで、いろいろ出てきて心当たりが多すぎて絞りきれません。
同心のだれもが、一度ならず裄沢に仕事のうえで助けられたことがありますが、十二人という限られた人数で、非番(休息日)も取りながら江戸市中を巡回しなければなりません。そこに裄沢の探索も加わり……。
ちょうどそのころ、洲崎(南品川猟師町)にある漁師相手の一杯飲み屋を営むお縫の店に、行き倒れの侍が担ぎ込まれました。男は記憶を失っているようで、自分の名前が何で、これまで何をしていた者なのか思い出せません。
その侍は、裄沢なのでしょうか?
もし、そうだとしたら、誰が何ゆえ担ぎ込んだのでしょうか?
物語は、予想もつかない方向に進んでいきます。
廻り方同心たちが懸命に裄沢の行方を追う姿が尊く、まさに江戸の警察小説、「奉行所小説」の面目躍如といったところ。
行方不明になる中、果たして、裄沢の鬼のような洞察力と神のような推理、仏のごとき人情が味わえるのでしょうか?
主人公の不在をテーマにし、くせ球のような変化球の設定ながら、心を打つ時代エンタメ小説になっています。
北の御番所 反骨日録【十一】 霧の中
芝村凉也
双葉社・双葉文庫
2024年8月10日第1刷発行
カバーデザイン・イラスト:遠藤拓人
●目次
第一話 北町昏迷
第二話 霧の中
第三話 警視の先
第四話 樽詰めの死人
本文300ページ
文庫書き下ろし。
■今回取り上げた本