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朝顔柄の着物を着た義妹と兄に贈る小物入れ。江戸青春群像劇

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『義妹にちょっかいは無用にて(4)』|馳月基矢|双葉文庫

義妹にちょっかいは無用にて(4)馳月基矢(はせつきもとや)さんの時代小説シリーズ、『義妹にちょっかいは無用にて(4)』(双葉文庫)を紹介します。

本書は、『拙者、妹がおりまして』からスピンオフしたシリーズの第4弾。
前作の主人公白瀧勇実の手習所を手伝っていた若者大平将太と、長崎から単身やってきて大平家の養女となった美少女理世の若い二人の日常と恋を描いた青春時代小説です。

呉服商・芦名屋の一人娘・おれんの姿が見えなくなったと手代の新吉が将太らのもとに大慌てでやってきた。おれんはきっと、惚れている将太に見つけてほしいのだ。先だって義兄への恋心を自覚した理世は、優しい将太が捜索に駆け回るのを複雑な気持ちで見るのだった。そんなある晩、手習所に泊まることになった謎の多い男・朱之進が、夢うつつの将太に向かって自分と理世との秘めた関係を突如独白しはじめた――想いを表に出せない苦しさ。悩みは多々あれど日々前進する江戸の若者たちを生き生きと描く、好評シリーズ第4巻!

(『義妹にちょっかいは無用にて(4)』カバー裏の内容紹介より)

文政八年(1825)五月。
理世との縁談を望む諸星家の才右衛門と杢之丞の兄弟が、大平家にあいさつにやってきました。そこに、呉服商芦名屋の手代の新吉が駆け込んできて、一人娘おれんがこちらに来ていないか、おれんの姿が見えなくなったと。
おれんは理世の義理の兄・将太を恋焦がれていました。

理世は霧雨のなかで傘もささずに新吉を伴って、本所の御家人浅原の屋敷に向かいました。ところが、そこにいた将太にも、おれんの行き先に心当たりがありません。
近くまで来て迷子になっているかもと、将太は仲間たちと周囲を捜しましたが、どこにも見当たりません。

「ひょっとすると……」
「どうしました?」
 顔を上げた杢之丞は、思いがけず強いまなざしで理世を見つめ、それから、将太と新吉に言った。
「将太どの、新吉どの、私の考えを聞いてください。おれんどのは、堀切村の菖聖苑にいるのではないでしょうか? 新吉どのの書付には挙がっていませんが」
 
(『義妹にちょっかいは無用にて(4)』P.46より)

杢之丞によれば、これまでの家出騒動の行き先である書付に書かれた場所ではなく、おれんは捜しに来てほしい相手、将太との思い出の場所である菖蒲園にいるのではないかと。

雨のそぼ降る逢魔が時、おれんは桜の大木の下にいました。
自分と同じように恋する者の心理を知る杢之丞ならではの洞察力。
それに比べて、一目惚れした理世への想いを無理やりに封印した将太の不器用さ、ポンコツさが愛らしくも切ないです。(第一話 行方知れず)

「第二話 夜咲きの朝顔」では、変化朝顔の栽培をめぐる詐取事件に、将太は教え子で絵師見習いの銀児こと白太と乗り出すことに。
銀児は、勘定所勤めの役人尾花琢馬、元は義賊鼠小僧だった次郎吉と蝙蝠小僧を名乗って、奉行所や目付の探索が及んでいない悪を裁いていましたると……。

朝顔の栽培を題材にした時代小説というと、梶よう子さんの『一朝の夢』田牧大和さんの『花合せ 濱次お役者双六』が思い出されます。

「第三話 犬も食わぬというけれど」は、勇源堂の先代の師匠だった白瀧勇実の妻・菊香が、半年ぶりに勇源堂に顔を出したことから始まります。
一人でやってきた菊香は、勇源堂で将太とともに師匠をつとめる千紘に矢島家に泊めてほしいと願いました。
わけを尋ねても、菊香は微笑むばかりで答えようとしません。
「勇実さんが何かやらかしたのか?」

前シリーズ「拙者、妹がおりまして」からのファンにはたまらない短編です。

「第四話 相剋の家」で焦点を当てられたのは、算学が得意な旗本の子弟、為永朱之進です。シリーズでは、これまで謎に包まれていた正体が明らかになっていきます。
理世との秘められた関係とは?
将太はますます気をもむことに……。

本書で心に留まったことの一つが「袂落とし」。

「はい。この変わった模様の端切れを使ってみたくて。それにわたし、この間、将太兄上さまの小物入れがぼろぼろなことに気づいたんです。そのときつい、新しいのを作ってあげるって言ってしまって」
 
(『義妹にちょっかいは無用にて(4)』P.17より)

袂落としは、男が着物の下にみつける道具。両の袂に小物入れの袋が来るように、紐をつけて首に引っかけ、左右に振り分けたもの。
将太は、ぼろぼろの袂落としを使っていて、それが理世の目に留まっていました。

これまで時代小説で描かれているのを読んだ記憶がなく、その存在を知らなかったので、とても感心し、勉強になりました。

知られざる江戸の知識として面白いばかりか、伝えられない想いを込めた小道具として、袂落とし使う、その発想が素晴らしいです。

将太や理世を中心に、江戸の若者たちの青春群像がますます面白くなってきました。
今後の展開から目が離せません。

義妹にちょっかいは無用にて(4)

馳月基矢
双葉社 双葉文庫
2024年7月13日第1刷発行

カバーデザイン:bookwall
カバーイラストレーション:Minoru

●目次
第一話 行方知れず
第二話 夜咲きの朝顔
第三話 犬も食わぬというけれど
第四話 相剋の家

本文260ページ

文庫書き下ろし

■今回取り上げた本




馳月基矢|時代小説ガイド
馳月基矢|はせつきもとや|時代小説・作家 1985年、長崎県五島列島生まれ。 京都大学文学部卒、同大学院修士課程修了。 2019年、小学館第1回日本おいしい小説大賞に、「ハツコイ・ウェーブ!」(氷月あや名義)で最終選考に残る。 2020年、...