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撞くか、やめるか? 欲に塗れた人間たちを翻弄する運命の鐘

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『無間の鐘』|高瀬乃一|講談社

無間の鐘『貸本屋おせん』で第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞した高瀬乃一(たかせのいち)さん。今度は、『無間の鐘』(講談社)で、第13回日本歴史時代作家協会賞作品賞の候補に選ばれました。

本書については、新刊刊行時(2024年3月)に、「小説現代」2024年4月号に書評を書きました。デビュー作『貸本屋おせん』と全く違う題材で、あまり読んだことがないタイプの時代小説で驚き、少し戸惑いました。

「小説現代」2024年4月号に『無間の鐘』の書評を掲載
『無間の鐘』|高瀬乃一|講談社 「小説現代」2024年4月号|講談社 現在書店店頭発売中の「小説現代」2024年4月号(講談社)で、高瀬乃一さんの最新刊『無間の鐘』の書評を掲載させていただきました。 新刊の盛り上げ企画として、書店人で楽天ブ...

候補入りを機に、読み直してみました。

修験者の扮装をして国々を放浪する謎の“十三童子”。役者と見まごうこの色男は、錫杖を鳴らし銀の煙管をふかしながら、欲に塗れた人間たちをこう誘う。――願いを叶えたいなら、この鐘を撞け。ただし、撞いた者は来世で底なしの無間地獄に堕ち、子も今生で地獄に堕ちる。撞くか撞かぬかは本人次第。さあ、あなたなら……?

(『無間の鐘』カバー帯の内容紹介より)

物語は、明治二年(1869)春、とある岬の小屋で始まります。
役者と見まごうばかりの美男で、修験者の扮装をした、“十三童子(じゅうさんどうし)”と名乗る男が登場します。
その岬の小屋には、難破した廻船の乗組員十二人が救助を待っていました。

その鐘を撞くと、現世は富貴に恵まれるが、来世は無間地獄に堕ちると伝えられた、遠州小夜の中山の観音寺の梵鐘。欲深い信者が列ををなし、鐘の音が朝から晩まで際限なくなり続けるため、あまりのうるささに嫌気がさした寺の住職は、鐘を井戸の奥深くに沈めてしまったと。十三童子は全国を回って、欲深い者たちにゆかりの小さな鐘を撞かせていると言います。

救助を待つ間の暇つぶしに、十三童子は、その鐘を撞いた者たちの話をし始めました。
金貸し権蔵は、もしも借金が返せなければ、米一粒まで根こそぎ持って行ってしまうほどの、がめつい金貸しで、江戸の京橋ではちょいと名の知れた男でした。

「鐘を撞けば、かならず願いが叶うんだな」
「あなたは来世に無間地獄へ堕ち、子は今生で地獄に堕ちまする」
「そんなの構わねえ」
 死んだとのことは知ったこっちゃない。妻も子もいない。

(『無間の鐘』「親孝行の鐘」P.20より)

「みなが恐れおののくような当世一の金貸しにしておくれ」と鐘を撞いた権蔵。
撞いてすぐには変化はあらわれませんでしたが、一年を過ぎたころ、借金の取り立てに行った先で、父親に逃げられた六、七歳の娘と、富札を拾って帰りました。

娘はキリという名で、よく見ると整った顔をしていました。富札は大当たりし三百両を手に入れたのは二日後でした。

権蔵は富くじの当選金を元手に、京橋の表通りに「梵鐘屋」の出店を構えました。十年後の今では、振り売りや小商いの主へ当座の銭貸しのかたわら、大名や武家相手の金貸しも繁盛する両替商になっていました。

養女のキリは十七歳になっていて、谷中の笠森お仙より別嬪と噂されるほどで、自慢の種です。五年前には吉原の花魁だった衣玖を身請けし、三年前には惣領息子の利一郎も生まれ、権蔵は実の子にキリ以上の愛しさを感じました。

――鐘を鳴らせば来世では無間地獄へ堕ちる。子もまた因業により今生で地獄に堕ちる。
 ああ、と権蔵は頭を抱えた。自分はなんという愚かな契りを交わしてしまったのだろう。
「どうしようねえ、衣玖。あたしは若いころ、坊主と約束しちまったんだよ。子ができたら地獄へ堕ちるって!」

(『無間の鐘』「親孝行の鐘」P.32より)

無間の鐘を撞いた権蔵をめぐる悲喜劇が繰り広げられる「親孝行の鐘」。
キリと実の父が商売にしていた、「親孝行」という大道芸があることを知り、タイトルに掛けられています。

放蕩で家族をみな不幸に陥れる父親と縁を切りたいという錺職人勘治の「噓の鐘」、死んだ母親が恋しくて、生き返るように願う十歳の少年平太の「黄泉比良坂の鐘」、恋しい男に振り向いてもらいたくて鐘にすがった船宿の娘お楽の「慈悲の鐘」、無実で入牢したかつての同輩を助けたいと鐘に手を出した小泥棒の根太郎の「真実の鐘」と、人それぞれ鐘を撞くようになる事情は違います。

一見バラバラな話が綴られていく連作物語は、最後の「無間の鐘」の話では、難破船の水主の一人が鐘を撞きます。

終盤、それぞれのピースのつながりが見えてきてパズルが完成し、良質なミステリーを読むようにすっきりします。
各話に張り巡らされた伏線と関連性の糸の絶妙さ、語りの面白さがあって、この作品に魅了されました。

「ナラティブ(narrative)」という言葉があります。「物語」「話術」「語り」と訳されます。「ストーリー」が物語の「内容そのもの」を指すのに対して、「ナラティブ」は物語の「語られ方」を指します。

多くの時代小説が登場人物の設定のユニークさやストーリーの痛快に重点を置いて書かれている中で、本書はストーリーもさることながら、人の欲と無間の鐘との仲介者である十三童子を語り手に据えた、ナラティブを意識して書かれた作品になっています。
読み始めて感じた戸惑いは、やがて面白さの源泉に変わっていきます。

著者は、この後、亡き夫の仇を討つために江戸に出てきた元武家の舅と嫁を描いた武家小説の『春のとなり』(角川春樹事務所)を上梓しています。著者の別の作風を見ることができる、おすすめの時代小説です。

著者は当代一の時代小説家になりたいと、鐘を撞いたのでしょうか。

無間の鐘

高瀬乃一
講談社
2024年3月25日第一刷発行

装幀:芦澤泰偉
装画:朝江丸

目次
親孝行の鐘
嘘の鐘
黄泉比良坂の鐘
慈悲の鐘
真実の鐘
無間の鐘

本文266ページ

「親孝行の鐘」は「小説現代」2023年6月号、「嘘の鐘」は2023年10月号に掲載されたものを改稿したもの。その他は書き下ろし

■今回取り上げた本




高瀬乃一|時代小説ガイド
高瀬乃一|たかせのいち|時代小説・作家 1973年、愛知県生まれ。名古屋女子大学短期大学部を卒業。 2020年、「をりをりよみ耽り」(『貸本屋おせん』に収録)で第100回オール讀物新人賞を受賞し、2022年に『貸本屋おせん』でデビュー。 2...