2024年時代小説(単行本/文庫書き下ろし)ベスト10、発表!

大火で孤児となった少年と、剣客で三味線師匠の親子ごっこ

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『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』|笹目いく子|アルファポリス文庫

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖2022年にアルファポリス第8回歴史・時代小説大賞大賞を受賞した、笹目いく子(ささめ・いくこ)さんの時代小説「調べ、かき鳴らせ」が改題され、文庫デビュー作として刊行されました。それが、『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』です。

本賞は、Web投稿・閲覧サイトを運営するアルファポリスが主催するもので、選考概要によれば、478作品の応募があり、多種多様な作品が集まる中、本作は「満場一致の高評価」を受けたとのことです。

https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/696000175
物語のあらすじ

本所・松坂町に暮らし、三味線の師匠として生計を立てる岡安久弥(おかやす・ひさや)。しかし、ひとたび刀を握れば、鬼神のごとき戦いぶりを見せる一刀流の使い手だ。 大名家の庶子として生まれ、市井に身をひそめ孤独に生きてきた久弥。しかし、ある転機が訪れる。文政の大火の最中、幼子を拾ったのだ。名も持たず、居場所をなくした迷い子との出会いは、久弥の暮らしを一変させる。思いがけず穏やかで幸せな日々を過ごす久弥だったが、生家に政変が生じ、後嗣争いの渦へと巻き込まれていき――。

(『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』カバー裏の内容紹介より)

物語の魅力

文政十二年(1829)三月、神田佐久間町二丁目から出火した火事は、江戸下町の中心部を焼き尽くす大火となりました。その混乱の中、本所松坂町で三味線を教える岡安久弥は、橋の上でひとり佇む少年を見つけ、彼を助けることになります。

 こぼれそうに大きな目をした子供だった。十かそこらという年頃だろうか。煤に汚れ憔悴した顔に、炎熱に晒され充血した双眸だけが無防備に光っている。後頭部で一つに縛った髪は灰まみれで、あちこち焦げて縮れていた。真っ黒に汚れた単は元の色も判然とせず、黒ずんだ裸足の足元が痛々しい。
 総髪に黒ずくめの小袖袴、腰に二刀を差す長身の青年を見て、少年が身を硬くした。
「……こんなところで、どうした? おとっつぁんかおっかさんは一緒じゃないのか」  
少年はどこか虚ろな目で見上げたまま、答えない。

(『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』P.4より)

久弥は少年をひとまず家へ連れ帰ることにするが、少年はすぐに意識を失ってしまいます。目立った外傷はないものの、着物の下には殴られた痕が多数ありました。

迷子は町方に届けるのが決まりですが、事情を話したがらない少年を問答無用で役人に引き渡すことにためらいを覚えた久弥は、しばらく様子を見ることにします。

剣の達人×三味線師匠×迷い子——異色の組み合わせ

久弥は、下総小槇藩の藩主・山辺彰久の庶子として生まれ、家中の政争を避けるため、市井に身を置いていました。しかし、父・彰久が藩内の後嗣争いで次席家老に軟禁されたことを知り、密かに救出へ向かった矢先に、大火の中で少年と出会います。

目を覚ましても口を利こうとしなかった少年が、三味線に興味を示し、久弥の演奏に強く惹かれていきます。

「……三味線、俺にも……弾けるでしょうか。稽古をすれば、お師匠さんみたいに、弾けるように、なりますか……?」
 自分を抑えきれぬように、ぎこちなく、しかし懸命に言葉を紡ぐ。
 少年の茹だったように赤い顔が、薄闇越しでも見て取れる。思いがけない言葉に久弥が戸惑っていると、子供は蒲団を出て膝を揃えた。
「三味線が、好きです。……必死にやります。教えて、もらえますか……?」

(『独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖』P.25より)

久弥は少年に「青馬(そうま)」と名を与え、三味線の弟子として迎え入れます。青馬は天性の音楽的才能を持ち、久弥の奏でる三味線に魂を揺さぶられるほどの感動を覚えます。

こうして始まった師弟の関係は、やがて親子のような絆へと変わっていきます。しかし、青馬の出生にまつわる騒動や、小槇藩の後嗣争いに巻き込まれることで、二人の運命は大きく動き始めるのです……。

読みどころ

● 緊張感あふれるチャンバラシーン
剣の達人である久弥が繰り広げるチャンバラシーンは迫力満点。刀の動きがリアルに描かれ、読み手を引き込みます。

● 三味線の世界の描写が秀逸
楽器の扱い方、演奏の仕方など、三味線の世界が緻密に描かれており、音楽が物語の重要な要素として機能しています。

● キャラクターの深み
久弥と青馬の師弟関係、柳橋芸者・真澄との切ない恋など、登場人物の心情が細やかに描かれています。

著者の今後にも注目!

笹目いく子さんは、本作と同じくアルファポリス第8回歴史・時代小説大賞で、「深川あやかし屋敷奇譚」で特別賞も受賞しています。

これは、大店の次男・仙一郎が、女中のお凛とともに怪異の謎を解明していくコメディタッチの連作時代小説だそうで、すでに書籍化が進行中とのこと。

時代小説の新たな才能として、これからの作品も期待したい作家です。

書籍情報

独り剣客 山辺久弥 おやこ見習い帖
笹目いく子
アルファポリス アルファポリス文庫
発売 星雲社
2024年4月5日初版発行

Illustration:立原圭子
Design Work:AFTERGLOW

目次
なし

本文344ページ

アルファポリス第8回歴史・時代小説大賞大賞受賞作。

■今回取り上げた本

笹目いく子|時代小説ガイド
笹目いく子|ささめいくこ|時代小説・作家1980年東京都生まれ。米国在住。2022年、アルファポリス第8回歴史・時代小説大賞にて、「調べ、かき鳴らせ」が大賞、「深川あやかし屋敷奇譚」が特別賞を受賞。2024年、「調べ、かき鳴らせ」を改題した...