『虎と十字架 南部藩虎騒動』|平谷美樹|実業之日本社
平谷美樹(ひらやよしき)さんの『虎と十字架 南部藩虎騒動』(実業之日本社)が、第13回日本歴史時代作家協会賞作品賞にノミネートされました。
著者は、岩手県出身で現在も同県に居住されています。2014年に「風の王国」シリーズ(ハルキ文庫。全10巻)で第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞されました。
同シリーズは、10世紀前半の東日流(つがる)と大陸の渤海、契丹との交流と対立を壮大なスケールで描く、大長編歴史伝奇ロマンです。
SFから時代小説まで幅広いジャンルで活躍されていますが、歴史時代小説では、岩手県=陸奥国南部領を舞台にした作品も少なくありません。
本書も、江戸初期の南部藩に下賜された二頭の虎にまつわる歴史ミステリーが描かれています。
徳川家康から南部藩が拝領し、盛岡城内で飼われていた虎二頭、乱菊丸と牡丹丸が檻から飛び出した。
徒目付の米内平四郎は城下町に逃げた乱菊丸を見事に生け捕りにするが、牡丹丸は傍若無人の若殿・南部利直に鉄砲で撃ち殺されてしまう。
檻の見張りをしていた番人の自刃に不審な点が、さらに檻の中にいるはずの囚人の死体は消えていた!
若殿の乱心か、領内のキリシタンの仕業か、それとも――!?
密命を受けた平四郎が藩を揺るがす大騒動の謎に挑む!(『虎と十字架 南部藩虎騒動』カバー折り返し帯の紹介文より)
寛永二年(1625)十二月。陸奥国南部領領主の南部氏の居城・盛岡城の虎籠から、徳川家康から贈られた二頭の虎、乱菊丸と牡丹丸が逃げ出しました。何者かによって檻から解放されたのです。
二十七歳の徒目付米内平四郎は、城内外で起こった難事件を次々に解決してきた腕利きですが、夜中に呼び出されて、虎の捕物を命じられました。
「虎を逃がしてしまったとは言えまい。御拝領とあってはなおさらだ。腹が減って眠りから覚めた奴が山を下りてきたと告げている」六兵衛は苛々と言った。
「虎籠番が一人、腹を斬ったそうだ」
「なに? まだ虎が捕まっておらぬのにか?」平四郎は驚いて言う。
「まずは率先して虎を探し出して捕まえなければならぬのに。腹を斬るのならばその後であろうが」
「熊や狼よりも大きい恐ろしい獣を放してしまったのだ。気が動転していたのだおうよ」(『虎と十字架 南部藩虎騒動』 P.23より)
平四郎と同輩の中原六兵衛は、城を逃げ出した虎を熊が山から下りてきたと偽って伝えて警戒を呼び掛ける一方で、おびき出す方法を考えて、首尾よく乱菊丸を生け捕ることに成功しました。
一方の牡丹丸は、城内で鉄砲方組頭の太田定右衛門によって見つかり鍛冶屋御門側に追い詰められました。藩主南部利直の三男で、十九歳の重直は、マタギの古老に学ぶほどの大の狩り好き。傍若無人で怖いもの知らずの重直は、鉄砲を手に駆けつけて、自らの手で仕留めました。
見事に乱菊丸を捕らえた平四郎は、今回の事件の真相を調べる役目を与えらえました。
当夜の虎籠番は一人は土瓶に仕込まれた吉草根で眠らされ、もう一人は腹を斬って死んでいたと。
また、その夜、切支丹の死骸が「餌」として与えれたとも。遺骸は女二人で、五十がらみと二十歳そこそこだということもわかりました。
死んだ虎籠番の様子に不審な点があるうえに、切支丹の死体も消えてしましました。
牡丹丸を撃ち殺した重直は乱暴者で、重臣たちの評判が悪く……、謎がどんどん深まっていき、次々にページを繰り、その手が止まりません。
南部家の跡継ぎ問題なのか、切支丹が絡んでいるのか、それとも領内の金山をめぐる事件なのか、はたまた……。
あらゆる可能性を排除しない平四郎の緻密で大胆な探索と、神のような鋭い景迹(きょうじゃく。推理のこと)に魅了される、傑作歴史ミステリーです。
伊達政宗に仕えた切支丹の武将、後藤寿庵や重臣片倉小十郎重綱らの実在の人物も登場して、謎解きの興趣が尽きません。
虎と十字架 南部藩虎騒動
平谷美樹
実業之日本社
2023年8月1日初版第1刷発行
装画:ヤマモトマサアキ
題字:伊藤康子
装丁:加藤岳
●目次
序章
第一章 虎捕物
第二章 切支丹と金山
第三章 乱世の尻尾
第四章 雪原の若武者
第五章 繋がらぬ輪雪
第六章 騒動の真実
本文349ページ
書き下ろし
■今回紹介した本