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浅見光彦のご先祖様が、出口が見えない不知森で謎解き

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『不知森の殺人 浅見光彦シリーズ番外』|和久井清水|光文社文庫

不知森の殺人 浅見光彦シリーズ番外内田康夫さんの未完の遺作を引き継ぐ、「『孤道』完結プロジェクト」の最優秀賞を受賞し、『孤道 完結編 金色の祈り』で作家デビューした著者。和久井清水(わくいきよみ)さんの「浅見光彦シリーズ番外」編の第2弾、『不知森(しらずもり)の殺人 浅見光彦シリーズ番外』(光文社文庫)を紹介します。

本書は、内田康夫財団公認の浅見光彦シリーズ番外編です。明治を舞台にして、浅見光彦のご先祖様の浅見元彦が探偵役をつとめ、内田康夫さんのご先祖様の内田紫堂(しどう)がバディとしてワトソン役を演じます。

下宿先の娘おスミから、行方不明になったという友人を捜して欲しいと頼まれた浅見浅見。内田紫堂と共に友人の家に向かうが、近くには「八幡の藪知らず」と呼ばれる森もあり、神隠しだろうと家族も半ば諦めていたのだった――。
名探偵浅見光彦のご先祖様も名探偵だった! 国民的人気シリーズのスピンオフ、浅見浅見探偵譚も第二弾、推理が益々冴えわたる!

(『不知森の殺人 浅見光彦シリーズ番外』カバー裏の紹介文より)

明治25年(1892)、浅見元彦は、銀座の煉瓦街にある下宿で暮らしていました。
代言人(弁護士)の試験に落ちた浅見は、友人から依頼された高知の事件(『平家谷殺人事件』参照)を解決し、探偵の仕事を始めたばかりで、兄から生活費を援助してもらっています。

浅見は下宿の女主人お雪の一人娘のおスミから、高等小学校時代の友人海野絃葉が行方不明となり、家族は捜したが見つからないので神隠しにあったと諦めているが、捜して欲しいと依頼されました。

「もし家出なら、きっと私に相談してくれたと思います。絃葉ちゃんの身に何かあったんだわ。最後の手紙は、いつもと変わりなくて、今日も八幡様に行って白蛇様に会ってきた、なんて書いてありました」
「白蛇様?」
「はい。絃葉ちゃんは信心深くて、しょっちゅう八幡様にお参りに行くんです。そこには有名なイチョウの木があって、白蛇様が棲んでいるのだそうです。白蛇様に会うとても幸せな気持ちになるって、それは嬉しそうに書いていました」
 
(『不知森の殺人 浅見光彦シリーズ番外』 P.21より)

おスミの依頼を受けた浅見は、友人の内田紫堂とともに、日本橋小網町の行徳河岸から川蒸气で、絃葉の実家がある行徳町に向かいました。

浅見と紫堂が物見遊山気分で、箱崎川から大川、小名木川、中川、新川、江戸川と蒸気船の旅を楽しむ場面に和みます。
源頼朝も食べたという由緒ある笹屋のうどんで腹ごしらえして、絃葉の実家、海野商会で義父の又左衛門と実母の志津、若旦那の清蔵や店の者たちの話を聞いて回りました。

そんな中で、海野商会の下働きで、踊りの稽古のお供をしていた源三から興味深い話を聞くことができました。

幾重不明になった日、八幡町の踊りの師匠のところに行った帰り、絃葉は源三と別れて人力車で一人帰ることにしました。
車夫はいくらも行かないうちに八幡様の前で降ろしたと言い、その後、不知森のそばで見たという人がいて、場所が場所だけに神隠しに遭ったということになりました。

「場所が場所ってどういうことですか?」と浅見。
「不知森(しらずもり)って?」
 紫堂も不思議そうに訊く。
「え、ご存じないんですか? 八幡(やわた)の藪(やぶ)知らずですよ」

(『不知森の殺人 浅見光彦シリーズ番外』 P.62より)

八幡町(現在の市川市八幡)にある、「八幡の藪知らず」はここに入れば再び出ることができないとか、祟りがあるといわれています。出口のわからないこと、迷うことのたとえにも使われていて、不知森(しらずもり)とも呼ばれ、禁足地となっています。

浅見らは、絃葉の失踪の手掛かりを握る、絃葉と結婚の約束を交わしたという青年・綾部蓮太郎と知り合いになり、翌朝旅館で詳しい話を聞く約束をしました。

ところが、時間になっても蓮太郎は現れず、前夜遅くまで一緒にいたことで、浅見と紫堂は巡査に船橋警察署に連れていかれて、別々に取り調べを受ける羽目に。
蓮太郎の遺体が発見されたということで……。

人捜しを頼まれただけなのに、殺人事件の犯人にされてしまい、窮地に陥る浅見。
蓮太郎殺しの真犯人を見つけて、絃葉失踪の行方を捜さねばなりません。

浅見の冴えわたる推理に加えて、アクションシーンも楽しめる、明治ミステリーです。
ハラハラドキドキのあとに、鮮やかな謎解き、そして爽快感が訪れます、
内田康夫さんの遺志を継ぐ、気鋭の作家の筆に心が弾みました。

飢饉などで生まれたばかりの赤ん坊を間引くように殺す、悪い習慣をやめさせるため、多くの赤ちゃんを引き取って育てた慈善家「子育て善兵衛」こと、大高善兵衛も登場します。
(江戸から明治にかけて、社会的な意識がそんなに高くない時代でも、民間でこんな活躍をした人がいたんですね。)

本書では、明治二十年代の世相や、舞台となる千葉県市川周辺の歴史と文化についても物語の中に盛り込まれていて、歴史ミステリーとしても楽しめます。

不知森の殺人 浅見光彦シリーズ番外

和久井清水
光文社・光文社文庫
2024年6月20日初版1刷発行

カバーデザイン:長崎綾(next door design)
カバーイラスト:zunko

●目次
プロローグ
第一章 煉瓦街の依頼人
第二章 行徳の手児奈
第三章 不知森の怪
第四章 絃葉の恋人
第五章 魔所の死体
第六章 子育て善兵衛
第七章 紫堂の行方
第八章 絃葉
第九章 御高祖頭巾の女
エピローグ

本文332ページ

文庫書き下ろし。

■今回取り上げた本


和久井清水|時代小説ガイド
和久井清水|わくいきよみ|小説家 北海道生まれ、札幌市在住。 2015年、第61回江戸川乱歩賞候補。同年、宮畑ミステリー大賞特別賞受賞。 2019年、内田康夫氏の意志を継いだ『孤道 完結編 金色の眠り』で作家デビュー。 2022年、文庫書き...