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危篤の大久保忠世を見舞う茂兵衛、箱根で襲撃を受け危機一髪

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『三河雑兵心得(十四) 豊臣仁義』|井原忠政|双葉文庫

三河雑兵心得(十四) 豊臣仁義井原忠政(いはらただまさ)さんの『三河雑兵心得(十四) 豊臣仁義』(双葉文庫)を読みました。

足軽から大出世して鉄砲百人組を率いる大将となった植田茂兵衛の活躍を描く、大人気の戦国小説シリーズの最新刊です。
前巻『奥州仁義』では鉄砲百人組を率いて奥州九戸城攻めに加わった茂兵衛。
本書では、豊臣秀吉の治世も後期に入り、老耄が見られる秀吉に対して暗澹たる思いを抱える茂兵衛を描きます。

太閤秀吉の居城となる伏見城の普請が進む中、盗賊石川五右衛門が京の三条河原で釜茹での刑に処せられた。凄惨な光景に茂兵衛も顔を顰めるしかない。無謀な「唐入り」も強行し、最近の秀吉はさすがにおかしい。暗澹たる茂兵衛にさらなる追い打ちがかかる。小田原の大久保忠世が危篤だというのだ。長く一緒に戦ってきただけに忠世とは愛憎半ばする仲である。今生の別れを告げるため、鉄砲百人組を引き連れて東海道を急ぐ茂兵衛が、途上、何者かの襲撃を受ける。戦国足軽出世物語、不協和音響く第十四弾!

(『三河雑兵心得(十四) 豊臣仁義』カバー裏の内容紹介より)

文禄三年(1594)八月、鉄砲百人組を率いる茂兵衛は徳川家康とともに、京・指月伏見城にいました。その日の朝、主君から、三条河原で盗賊石川五右衛門の公開処刑を「見て来い」と命じられました。

秀吉の重臣で京都所司代をつとめる前田玄以は、五右衛門一味の悪行の数々を読み上げて、五右衛門の母親を含む二十数人を磔刑に処し、五右衛門を煮えたぎった油で釜茹でにしました。

家康から「刑場に集う民衆の反応を見てこい」と命じられた茂兵衛は、伏見徳川屋敷の書院で家康に復命します。

「ほう、見物人が笑ったと申すか」
 思った通り、この件に家康が食いついてきた。興味津々で、脇息から身を乗り出した。
「御意ッ。前田玄以様の狼狽ぶりが、それあ酷うございましたゆえに『失笑を買った』そんな印象にございました」
「前田殿、殿中では堂々としておられるがのう」
(前田玄以は、能吏ではあっても、現場の人間ではねェとゆうことだら。ま、よくある話よ)

(『三河雑兵心得(十四) 豊臣仁義』P.22より)

茂兵衛や家康の眼に映る秀吉像もなかなか興味深く、本書の読みどころの一つです。

家康は「太閤殿下も釜茹でなど、せねばええのになァ」と漏らして、豊臣の箍が外れ始めたのは、三年前の天正十九年(1591)からだと述懐しました。
秀吉は政権の大番頭たる実弟の豊臣秀長を失い、そのひと月後には事実上の内政顧問をつとめる千利休に死を与え、その半年後には嫡男鶴松が夭逝したのです。

家康は、江戸からの書状で、七郎右衛門こと大久保忠世が死病に取りつかれて「もって一ヶ月」であることを告げ、茂兵衛に、小田原の七郎右衛門に伝言を託し、鉄砲隊を率いて息があるうちに必ず着けと命じました。

ここまでの家康と茂兵衛のやり取りにクスッとさせられます。戦場では自在に動きながらも殿中ではからっきしでも、稚気がある茂兵衛をかわいがり、つい難しくて面倒な命を与えてしまう家康。二人の関係にニヤリとさせられます。

二人の関係といえば、茂兵衛と七郎右衛門も長い付き合いがあって、三年前には食欲と体力の減退を嘆く七郎右衛門に熊胆を渡したこともあり、シリーズでも度々描かれるお馴染みの登場人物です。

小田原城まで残り十里ほどの三島に入った茂兵衛率いる鉄砲百人組。
強行軍の長旅の疲れと、小田原征伐から四年が経ち、惣無事令の世に、鉄砲百挺を備える強力な茂兵衛一行を襲う者などいるはずがないと驕りと油断が重なったところで、夜討ちをかけられてしまいました。

「殿ッ、敵襲でございますぞ」
「誰だら、誰が攻めてきたか?」」
「分かり申さず。兎に角、甲冑だけはお召し下され」
「お、おう」
 と、跳び起き、まずは富士之介に手伝わせて両籠手をはめ、佩楯の紐を下腹の辺りで結んだ、その時――
 ビビ――――ッ
 と、槍の切っ先と思しきものが、茂兵衛の天幕を切り裂いた。

(『三河雑兵心得(十四) 豊臣仁義』P.43より)

夜襲をかけたのは誰なのでしょうか?
そして、その結末は?

本シリーズの魅力の一つは、合戦の場面で躍動する茂兵衛の魅力。
家康の側近として、殿中での駆け引きや気の利いた対応は期待できなくても、戦いの現場で生死を賭けた瞬間に輝き、火事場の馬鹿力だけでなく、思いがけない知恵も湧き出てきて、知らず知らずのうちに引き込まれます。

本書には、お市の娘で淀君の妹、於江が豊臣方の姫として登場し、物語に彩りを与えます。
秀忠の正室となる於江がどのように描かれていくかも気になるところです。
家康の天下統一まで、まだまだ一山もふた山あって、茂兵衛の今後の活躍が楽しみでなりません。

三河雑兵心得(十四) 豊臣仁義

井原忠政
双葉社 双葉文庫
2024年6月15日第1刷発行

カバーデザイン:高柳雅人
カバーイラストレーション:井筒啓之

●目次
序章 浜の真砂は尽きるとも
第一章 鉄砲百人組、襲われる
第二章 箱根山の山賊
第三章 陰鬱な世相
第四章 豊家大乱
終章 倒壊、伏見城

本文269ページ

文庫書き下ろし

■今回取り上げた本



井原忠政|時代小説ガイド
井原忠政|いはらただまさ(経塚丸雄)|時代小説・作家 神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。会社勤務を経て文筆業に入る。 2016年、経塚丸雄のペンネームで『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビュー。 2017年、同作で、第6回歴...