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夏の思い出が一生の宝物に。子どもに読んでほしい時代小説

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『夏がいく』|伊多波碧|理論社

夏がいくおとないちあきさんの表紙イラストで、幼い日の祭りの記憶が蘇ってきて、郷愁を誘われます。

伊多波碧(いたばみどり)さんの『夏がいく』(理論社)は、小学校高学年以上向けに書かれた児童書です。
江戸時代の旅籠を舞台にしていて、少年の友情と恋愛、そして成長を描いた時代小説でもあります。

理論社は、「こどもがおとなにそだつ本。おとながこどもにかえる本。」をミッションにし、絵本や児童書を中心に発行する出版社です。

舞台は、江戸時代の旅籠。優太(わたし)は12歳で跡とり息子。最近、寺子屋で出会った清吾という侍の子といっしょに、旅籠に出没すると噂される幽霊をつかまえることになった。幽霊騒動をきっかけに、優太と清吾は仲良くなるが、一方、幼馴染の小町娘おきくをめぐって、二人のあいだには葛藤も生じる。やがて、幽霊の正体が明かされるとともに、清吾、おきく、そして優太それぞれが抱える家族の秘密も明かされる。友情と、恋愛と、成長を描く、心揺さぶられる青春時代小説。

(『夏がいく』カバー裏の内容紹介より)

優太の家は、東海道沿いの宿場町で〈うらざと屋〉という旅籠を営んでいます。

 また出たらしいな――。
 寺子屋に足をふみ入れると、噂話がぴたりと止む。
 みんなの目がいっせいにこちらへ向き、これ見よがしに肘でつつき合うのが目に入った。噂話の的があらわれたと、にやにやしている。
 
(『夏がいく』P.7より)

〈うらざと屋〉に子どもの幽霊が出て、夜中にすすり泣く声を泊り客が聞いたとか、白い着物姿の子どもが廊下を歩いているのを見たとか、寺子屋でそんな噂が流されていました。

言いふらして、幽霊の絵を描いて、優太を揶揄するのは、町役人の子の源三と、その子分の米屋の忠吉です。
還暦を過ぎた老齢の師匠、髭白先生こと、小杉源太夫は見て見ぬふり。

その日、侍の子、河村清吾が新入りとして紹介されました。
寺子屋は商人の子が通うところで、侍の子が来るところではなく、めずらしいことです。
清吾は、歳は優太と同じくらいの十二、三で、空いている一番前の席に座りました。隣の優太が、教科書の庭訓往来を持っているかと尋ねると、「いらん」と一言で切って捨てられました。

おきくは優太の幼馴染み。〈うらざと屋〉の元奉公人のおふみの孫で、両親は同じ病で先立たれていて、おふみが一人で育てていました。
おふみが目がめっきり弱くなって、内職のお針の仕事ができなくなり、代わりに小町娘のおきくが近くの甘味処で働いています。

ある日、優太は家の近くで源三と忠吉の二人組に出くわしました。無視して通り過ぎると、追いかけてきて肩をつかみました。

「おきくとの間をとりもってくれよ」
「やだよ、おきくに会いたいなら、甘味処に行けばいいじゃないか」
 きっぱり返し、肩をつかんでいる源三の手を払う。
「行ったぜ。けどお客が大勢いて、声もかけられなかった。だから、仕方なくお前に頼むんだよ。幼馴染みなんだろ。――ひょっとして、優太。お前もおきくにほれてんのか?」
 
(『夏がいく』P.21より)

取り合わない優太でしたが、源三は「ふざけるな。まだ話の途中だぜ」と言って、襟首をつかみ、前後に揺すり上げてきて、忠吉が源三に加勢して後ろから胴に腕を回してきました。
どう逃げようか算段しているところを、清吾に助られました。
それをきっかけに、二人は話をするようになり、〈うらざと屋〉に出るという幽霊を捕まえることに……。

物語では、幽霊の意外な正体とともに、優太と清吾、おきくの三人が、さまざまな出来事を通じて友情を深めていく中で、それぞれが抱える家の事情や秘めたる悩みが描かれ、それぞれの心の動きを瑞々しい筆致で綴られています。
揺れる思い、楽しみにしていた夏祭り、そして……。その夏の思い出は、三人の一生の宝物になっていきます。
おふみや髭白先生、清吾の父河村十四郎など、脇役までキャラクター造形が見事で、大人は子どもの頃に戻って甘酸っぱい感傷に浸れる、時代小説です。

おとないちあきさんのイラストが表紙のほかに、物語をビジュアルでも紹介する助けとして、ページ内に10枚(モノクロ)も掲載されていて、興趣を高めています。
(お気に入りのイラストレーターのおとないさんの描く、生き生きとした少年少女たちの眼に惹かれ、この本は大切なものになりました)

歴史時代作家の今村翔吾さんは、いろいろなインタビューで、小五のときに読んだ池波正太郎さんの『真田太平記』が読書の入り口で、自分の将来に大きな影響を与えたとおっしゃっています。小学校時代の読書の大切さを伝えられています。

この本も感受性が豊かな子どもたちに読んでもらいたい作品で、ぜひ、全国の小学校の図書館に置いてほしいなと思いました。

夏がいく

伊多波碧
理論社
2024年6月第1刷発行

絵:おとないちあき
装丁:鳴田小夜子

●目次
なし

本文180ページ

書き下ろし

■今回取り上げた本


伊多波碧|時代小説ガイド
伊多波碧|いたばみどり|時代小説・作家 新潟県生まれ。信州大学卒業。2001年、作家デビュー。 2005年、文庫書き下ろし時代小説集『紫陽花寺』を刊行。 2023年、「名残の飯」シリーズで、第12回日本歴史時代作家協会賞シリーズ賞を受賞。 ...