『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり』|霜島けい|光文社文庫
生来の怖がりで、お化け屋敷が苦手で入ったことがありません。お金を払ってまで、怖い思いをする気が知れません。
さて、霜島けいの新シリーズ、『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり』(光文社文庫)は、稀代の数寄者で元医者の瓢仙(ひょうせん)と『お伽屋』という怪談話を売ることを生業にする若者銀次が江戸の不可思議な噂や事件の真相に迫る、痛快もののけ小説シリーズの第一弾です。
主人公の一人、瓢仙は日本におけるお化け屋敷の創始者ということになっています。
松浦静山の随筆『甲子夜話』にも、医者の瓢仙が大森で自宅を改装して化物茶屋を開いたと書かれています。
数寄者相手に嘘偽りない怪談を売る『お伽屋』を生業にする銀次。ある夜、依頼を受けて、真夜中の川面にあやかしのように出没する物売りの舟を待っていた。そこに現れたのは、もののけが見えるという酔狂な隠居の瓢仙。すっかり彼の物言いに巻き込まれ――。(表題作)奇妙な縁でつながった二人が江戸の不可思議な噂や事件にかかわっていく痛快新シリーズ第一弾!
(『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり』カバー裏の紹介文より)
天保九年(1838)春の終わり。
怪談を売る「お伽屋」の銀次は、客の一人でとうかん堀沿いにある線香問屋、多丸屋の主人の嘉兵衛から、うろうろ舟にまつわる怪異を探ってくれるように依頼されました。
それは、深夜に一人の男が神田川に架かる橋を渡っていると、川下から青い行灯を灯した小舟が近づき、「うろうろぁ~、うろうろぁ~」と小舟から掛け声が発せられたと。
奇妙なのは、すでに町木戸も閉ざされた刻限に、うろうろ舟が一艘だけで、夜更けには船影も絶えてしんと静まり返る、凍てつくような睦月の夜に、遊山客を乗せて繰り出す酔狂な屋形船などあるはずもありません。
嘉兵衛はそのうろうろ舟が気になってしまい、うろうろ病を患っていました。
銀次は、その次の日の晩から毎日、うろうろ舟が目撃された神田川に架かる和泉橋に通うことになりました。
「……まさか、もののけじゃねえだろうな」
思わず漏らした呟きが、しんとした夜気を震わせて囁くように耳に届いたのか。それともたまたまのことだったか、ふいに男は首を巡らせて銀次を見た。
そうして「おや」という顔をすると、躊躇なくこちらに近寄って来た。
「あなたでしたが。また、お会いしましたね」
にこやかにかけられた言葉に、銀次は目をまたたかせる。
(『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり』 P.28より)
目の前に立った男を見れば、剃髪し、薬箱を手に提げている医者のようで、猫が微睡むような切れ長の細い目と、穏やかで品のよい風貌に見覚えがありました。
「あんた、何者だ?」
「そういえばまだ、名乗っていませんでしたね。あたしは瓢仙という、しがないもと医者です」
瓢仙。
どこかで聞いた名前のような気がしたが、思い出せなかった。
(『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり』 P.34より)
うろうろ舟が何を売っているのかを調べる銀次ですが、実はもののけの類を見ることができません。
そんな銀次に、瓢仙は「なんなら、あたしが手伝いましょうか?」と言って、毎晩銀次に付き合うことに。
「ありゃあ、確か十年前だ。品川宿の先の東大森村だっけな、そこで化け物茶屋なんてものを始めたやつがいた」
翌晩は瓢仙が酒を持って来た。時おり生温い風が吹いて、土手の柳がさわりさわりと枝を鳴らす音が聞こえた。
空は薄く曇って、暗い。月の在処はわからなかった。
「おや。ご存じでしたか」
銀次の言葉に、瓢仙はんでもないことのように応じた。
「その茶屋の主人が医者で、瓢仙て名前だったのを、思い出してさ」
(『うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり』 P.52より)
奇妙な縁でつながった二人が、謎のうろうろ舟に出合い、瓢仙は舟に乗っていたほおかむりの人影から何かを買うまでに……。
表題作のほかに、石原町の漬け物屋でのあやかし騒ぎを描いた「お伽屋」や瓢仙が出合った不可思議な体験を綴った「ひながた」の3件を収録しています。
江戸の不可思議な話を描いていますが、怖いとかおどろおどろしいとか、いうよりもファンタジックな結末でほっこりと癒されます。
銀次と瓢仙のバディ(スカイエマさんの装画もそそります)の痛快な活躍が楽しみで、次巻が待ち遠しい新シリーズの誕生です。
うろうろ舟 瓢仙ゆめがたり
霜島けい
光文社・光文社文庫
2024年5月20日初版1刷発行
カバーイラスト:スカイエマ
カバーデザイン:bookwall
●目次
第一話 うろうろ舟
第二話 お伽屋
第三話 ひながた
本文255ページ
文庫書き下ろし
■今回紹介した本