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旗本父子の大家稼業と、絵師と役者の負け犬コンビの再生物語

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『悪友顛末 うつけ屋敷の旗本大家 二』|井原忠政|幻冬舎時代小説文庫

悪友顛末 うつけ屋敷の旗本大家 二井原忠政さんの『悪友顛末 うつけ屋敷の旗本大家 二』(幻冬舎時代小説文庫)は、文庫書き下ろしシリーズの第2弾。
本書は、「三河雑兵心得」シリーズで、多くの時代小説ファンを虜にする著者の最新作で、痛快な人情時代小説です。

さて、歴史小説と時代小説はどう違うのかと尋ねられることがあります。
広い意味では同じように使われることがあり、両者の境界はあいまいです。

しかし、狭義では、歴史小説は「歴史上に実在した人物や事件などを、ほぼ史実に即してストーリーに取り入れ、その中に虚構を織り交ぜて描いた小説」で、時代小説は「過去の時代や人物、出来事などを題材として、虚構が物語の中心となる、日本語で書かれた小説」と定義づけることができます。

「三河雑兵心得」は歴史小説であり、本書(「うつけ屋敷の旗本大家」)は時代小説です。
「三河雑兵心得」シリーズの熱心な読者が、本書を手にして違和感を持ってしまうのは、無意識のうちに歴史小説的なものを期待しているのかもしれません。

大家稼業で借金返済を目指す小太郎と官兵衛は、貸家で次々起こる騒動に頭を抱えていた。目下の悩みは、絵師の偕楽と役者の円之助。売れない二人はいつも喧嘩ばかりで、ある晩ついに抜刀騒ぎを起こしてしまう。これ以上の争いを防ぐため小太郎たちは一計を案じるが、そんな時、邸内に狐の面を被った覗き魔まで現れて……。笑いと涙の人情時代小説!

(『悪友顛末 うつけ屋敷の旗本大家 二』カバー裏の紹介文より)

一等地の駿河台に五百坪の拝領屋敷をもつ、五百石の旗本大矢小太郎は、隠居した父官兵衛と、敷地内に六軒の切妻の二階家を建てて、人に貸す大家稼業を始めました。

「山吹屋からの六百両は兎も角、相模屋からの八百両は博打の借りだァ。踏み倒せばいいだよ」
「御番所(町奉行所)に金公事(民事訴訟)を起こされまするぞ。博打の借財だからと白州ではお取り上げにならぬやも知れんが、旗本大矢家の面目は丸潰れでございます」
「潰れるかね、面目は」
「潰れます。八百両の借財で町人から公事を起こされるなんて大恥です。私の本丸御殿への出仕は夢と消えます」
「本丸御殿だと? なんだ、つまりお前ェの出世のために、オイラが苦労させられるって話かい?」
 
(『悪友顛末 うつけ屋敷の旗本大家 二』 P.22より)

博打が弱いくせに博打好きの官兵衛が、小太郎が甲府勤番で留守の間に、箍が外れて遊興を重ねた結果、博徒の相模屋藤六に、賭博で負けた借金八百両を返済するために、敷地内に貸家を建てることを思いつき、建築費が一軒百両かかり、六軒で六百両が必要となり、蔵前の札差山吹屋銀蔵に借りていました。

裏長屋の家賃が坪約二百文(九尺二間なら約三坪)と言われていますが、大矢邸は一等地の旗本屋敷の一軒家(二十坪)ということで、月の家賃は二両ぐらいになりますが、家賃収入の半額を返済に充てるとして、完済まで十七年はかかる計算とか。

店子は、邸内で博打を開帳していた博徒の相模屋、売れない絵師の歌川偕楽、盛りを過ぎた中堅役者の中村円之助、夜な夜な猫の腑分けをしている蘭方医の長谷川洪庵と幕府転覆も辞さない過激国学者の堀田敷島斎、それに幕府筆頭老中本多豊後守の愛妾・佳乃の六人。一癖もふた癖もある者ばかりです。

大家稼業に精を出すはずの二人でしたが、曲者揃いの店子たちが次々に起こす騒動に頭を抱えていました。

「なんだこらァ、やんのかァ」
 夜の静寂を破って、役者の中村円之助の怒声が流れてきた。
「上等だァ、この大根役者がァ」
 絵師の歌川偕楽の罵声が応戦する。
 円之助と偕楽は、いつも二人で酒を飲んでは喧嘩ばかりしている。仲がいいのか悪いのかよく分からない。
 
(『悪友顛末 うつけ屋敷の旗本大家 二』 P.86より)

偕楽と円之助は、普段の生活では仲が良いのですが、二人きりで飲むと必ずといっていいぐらいに喧嘩をしました。
刃傷沙汰になるような修羅場も珍しくありません。

二人の諍いを何とか抑えた小太郎は、ある提案をしました……。

堅実で真面目、女には全くもてない小太郎と、若い頃から放蕩者の官兵衛。
山吹屋の娘お金と付き合っている官兵衛の人物造形が面白く、さまざまなことで衝突する小太郎との関係も掛け合い漫才のように進んでいきます。
個性豊かな面々が繰り広げる騒動の顛末と、絵師と役者の負け犬コンビの再生話がテンポよく展開していき、癖になる痛快な人情時代小説です。

二巻目で登場人物たちがますます活性化して面白さが増した、うつけ屋敷(大矢邸)の人たちの物語をもっともっと読んでいきたいと思いました。

著者は、「三河雑兵心得」シリーズのような歴史小説も、本書や経塚丸雄名義で書かれた『旗本金融道』のような時代小説でも、それぞれ魅力的な作品を生み出しています。

歴史時代作家は、歴史小説を専門にしている方もいらっしゃれば、時代小説を得意にする方もおられます。ほとんどの作家はどちらかに偏っています。

池波正太郎さんや今村翔吾さんのように、著者は歴史小説も時代小説も書かれる作家の一人です。
作品のタイプは違っても、物語の根底に流れる、ユーモアと痛快さは著者ならではのものです。

悪友顛末 うつけ屋敷の旗本大家 二

井原忠政
幻冬舎 幻冬舎時代小説文庫
2024年5月10日初版発行

カバーデザイン:五十嵐徹(芦澤泰偉事務所)
カバーイラスト:おおさわゆう

●目次
序章 賽子太郎の悔恨
第一章 心模様
第二章 喧嘩するほど仲がよい
第三章 絵師、覚醒ス
第四章 虎の顔
終章 親心無双

本文286ページ

文庫書き下ろし

■今回紹介した本



井原忠政|時代小説ガイド
井原忠政|いはらただまさ(経塚丸雄)|時代小説・作家 神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。会社勤務を経て文筆業に入る。 2016年、経塚丸雄のペンネームで『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビュー。 2017年、同作で、第6回歴...