『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十一)』|田牧大和|PHP文芸文庫
田牧大和さんの人気時代小説シリーズの第十一弾、『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十一)』(PHP文芸文庫)が発行されました。
根津権現近くの根津宮永町にある「鯖猫長屋」を舞台に、美猫のサバとその飼い主で元盗賊の絵師拾楽が、お化けや妖が絡む不思議な騒動を解決する、「鯖猫長屋ふしぎ草紙」シリーズの第十一弾です。
第1作は2013年6月に単行本として発行しました。2017年3月の第2作からは現在の文庫書き下ろし(文庫オリジナル)のスタイルになりました。
今でこそ、三國青葉さんの「福猫屋」シリーズや西山ガラシャさんの『おから猫』など、猫が重要な役割を演じる時代小説も増えていますが、「鯖猫長屋」シリーズの第1作が登場した11年前は猫の時代小説はまだ珍しく、銀鯖猫サバの魅力が横溢する物語の虜になりました。
以来、新刊が発行される都度、丹地陽子さんの素敵な装画とともに、サバが我が家にやってくるのが楽しみです。
魚屋の貫八が、拾楽に助けを求めてやってきた。恩人のお延が、「飲むと肌が白くなる水」という怪しげな儲け話に嵌っているというのだ。人のいい貫八が巻き込まれる、と察した拾楽は、サバを連れてお延が営む小料理屋へと向かう。そのとき、突然現われたのは……。根津権現に程近い「鯖猫長屋」が舞台の大好評「大江戸謎解き人情噺」第十一弾。
(『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十一)』カバー裏の内容紹介より)
青井亭拾楽は三十過ぎで独り者で、猫ばかり描いている売れない画描きです。周囲の者たちは「猫の先生」や「猫屋」と呼んで、頼りにしたり、ちょっかいを出したりしています。根津権現の東南、宮永町の裏長屋「鯖猫長屋」で、2匹の猫と暮らしています。
サバは小柄な雄の縞三毛で、鯖縞柄に榛色の瞳が美しい美猫ですが、威張りん坊で喧嘩も強く、猫と犬には負け知らずで、事と次第によっては人間にも勝ってしまう、長屋で一番強く深く信用されています。
さくらはサバの妹分で、お転婆の甘えん坊で、サバにも長屋の皆にも可愛がられています。
拾楽と猫二匹は、のんびり慎ましい暮らしを目指しているが、どうしてか、曲者や厄介事がしょっちゅう舞い込み、妖やお化けにまつわる騒動もよってきました。
その日も、店子仲間で棒手振り魚屋の貫八が頼み事を抱えて、拾楽と長屋のまとめ役である大工の女房おてるのところにやってきました。
「助けて欲しいのは、おいらじゃねぇ。おいらの御贔屓さんなんだよ」
おてるが、眦を険しくして割って入った。
「貫八さん。お前さん、猫の先生とは関わりない人の厄介事まで、先生に押し付けるつもりかい」
口火を切って腹が据わったか、貫八が真面目な食い下がる。
「あの人は、おいらにとっちゃ、恩人なんだ」(『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十一)P.35より』)
貫八は以前に、拾楽にサバの画を描かせた団扇を高値で売りつけて回り。詐欺まがいの危うい商いを客の一人に逆手に取られて嵌められてしまい、妹のおはまを売る羽目になりかけた騒動がありました。
以来、貫八はおかしな儲け話には目もくれずに、魚屋の商いのみにいそしんでいました。ところが、両親を亡くしたばかりで、魚屋を始めたばかりでまだ半人前のころ、魚が売れずに困っていたところを助けてくれた小料理屋の先代女将のお延が、「飲むと肌が白くなる水」という怪しい儲け話に嵌っているといると言います。
話を聞いた拾楽は、ひとまずお延の様子を見に行くことに……。
二匹が仲違いするところを、初めて見たな。
驚きつつ、拾楽はサバを窘めた。
「サバや。うちのお嬢さんを苛めないでおくれ」
にゃ。
――仕方ないだろう。
そんな風に、珍しくサバが戸惑っている。
「何が仕方ないんだい」
にゃ、とまたサバが、短く鳴いた。
(『鯖猫長屋ふしぎ草紙(十一)P.72より』)
サバは別猫の体でお延のすまいに入りこみ、拾楽はそのサバを捜しに来たかたちでお延と話をしますが、お延に最初から正体を見抜かれていました。
一人と一匹は、飲むと肌が白くなる水、『雪の玉水』の秘密と、『雪の玉水』販売の黒幕に迫ることができるのでしょうか?
サバとさくらの思いをくみ取ることができる拾楽。一人と二匹の謎解きばなしに、北町定廻り同心、掛井十四郎と、前は稀代の大盗人「鯰の甚右衛門」で、今は隻眼の蘭方医の杉野英徳が拾楽に絡んできます。
とくに拾楽と英徳と掛井の三人は、拾楽の前身が一人働きの盗人「黒ひょっとこ」であること知りながらも、ある時は意地を張り合い、ある時は協力し合い、その掛け合いが面白くて、読んでいて思わずニヤリとしてしまいます。
また、本書には美猫の二匹のほかに、白に銀鼠の交わる美しい経路の大きな犬、天も登場します。猫好きばかりか、犬好きも楽しくなってくる場面も用意されていて目が離せません。
鯖猫長屋ふしぎ草紙(十一)
田牧大和
PHP研究所 PHP文芸文庫
2024年4月24日第1版第1刷
装丁:泉沢光雄
装画:丹地陽子
●目次
其の一 雪の玉水
其の二 曼陀羅華
其の三 犬神様
本文290ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本