『瞬殺 御裏番闇裁き』|喜多川侑|祥伝社文庫
喜多川侑(きたがわゆう)さんの文庫書き下ろし時代小説デビュー作、『瞬殺 御裏番闇裁き』(祥伝社文庫)を紹介します。
著者は、時代小説はこれがデビュー作となりますが、プロフィールによると、現代ものの文庫書き下ろしは多数発表されているとのこと。誰なのか、どんな作品を書かれているのか、少し気になりました。
南町奉行所隠密廻り同心は好きが高じて、芝居小屋の座頭東山和清となった。だがそれは表向き。実は大御所徳川家斉直轄の御裏番として、悪逆非道な輩を闇に屠る密命を帯びていた。その和清率いる一座が、謎の寺の探索を命じられる。色欲坊主らが武家や商家の妻女を次々と誑かしているという。一座の花形雪之丞と寺に潜入すると……。血沸き肉躍る痛快時代小説、開幕。
(『瞬殺 御裏番闇裁き』カバー裏のの紹介文より)
天保八年(1837)七月。
この四月に徳川家斉は将軍の座を家慶に譲り、大御所となりました。五十年ぶりの代替わりの奉祝景気で、目付や町方の風紀紊乱に対する取り締まりが緩くなっている中で、旗本奴の一派が町人相手に辻斬りや強淫を繰り返している様子は目に余るものとなっていました。
南町奉行所の同心植草勝之進は、芝居好きが高じて、三年前に葺屋町の芝居小屋天保座を買い取り、東山和清と名を変えて座元になりました。
ところが、和清が率いる天保座には裏の演目(お役目)がありました。
南町奉行の筒井政憲の命を受けて、奉行所が裁けないこの世の悪を密かに成敗する御裏番なのです。
旗本奴たちの無頼に堪忍袋の緒が切れた和清は、南町奉行に闇裁きを願い出ました。
先の将軍徳川家斉公の懐刀と呼ばれる筒井政憲である。
『御裏番っていうのはよぉ、もうちょっと天下のために働くように組織されたんだぜ。町場の喧嘩に御裏番が動くのはどうかねぇ。裏同心の頃はよぉ、俺の気持ちひとつだったが、いまはなんていっても、西の丸まで出向いて、裁可を得なければならないんだ』
煮え切らない態度だった。
『奉行、天保座一座は、常に命が下りたら、命を投げ出す覚悟で闇裁きに精をだしているんですよ。その一座の周りでこうもしょっちゅうゴタゴタが起きたら、小屋の運営にもいずれ差し障りがあります。なにとぞ、西の丸へのお取次ぎを』
と粘りに粘った末に、十五日も待たされて、ようやく裁可を得たわけだ。(『瞬殺 御裏番闇裁き』 P.41より)
和清は、筒井の裁可を取り付けて、中堅旗本家の三男坊の竹之内星三郎ら、芝居町で狼藉の限りを尽くしている新旗本奴『星流連』の五人組を、天保座に誘って闇裁きの始末を付けるのでした。
その始末の帰り、和清ら天保座の面々は、色坊主が女を刺し殺すところを目撃しました。
下手人の坊主を取り逃がしましたが、女は旗本の妻女で騙されて抜け荷の手伝いをしたことを悔やんで亡くなりました。
「では新たな芝居に入ってもらう」
筒井が静かに伝えてきた。芝居は忍び込み探索の符牒だ。
「舞台はどこでござんしょう」
「上野の『満春寺』だ。そこに忍び込んでくれ」
「へっ」
さすがに驚いた。(『瞬殺 御裏番闇裁き』 P.120より)
三日後、和清は筒井から、色坊主を雇い、寺内で旗本の奥方や豪商の内儀や娘、御殿女中らを籠絡して、女たちを間諜に仕立て上げているという話を聞き、その端緒となる満春寺に潜入することを命じられます。
本書で面白いのは、和清と天保座の看板役者瀬川雪之丞が、満春寺に潜り込む場面。ハラハラドキドキの展開でスリル満点ですが、事前に二人は合宿して役作りに没頭するところに感心しました。
また、二人が話芸を武器にするために、元噺家で天保座の老役者の羽衣家千楽から落とし噺を学ぶのも愉快です。色坊主に仕立てられた和清が『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』に収められた艶句を披露する場面も。
芝居小屋を舞台にしていることで、芝居小屋の多彩な面々も、座元の和清のもとで、チームプレイで裏番闇裁きを手伝うところも楽しみの一つ。
物語では、なりえと名乗る美人門付け芸人が登場します。なりえは筒井が天保座に送り込んできた間諜で、物語に彩りを添える人物で、興味を引かれました。
「御裏番闇裁き」シリーズは、現在、第2巻『圧殺』も刊行されています。
さらにスケールアップした天保座の面々の闇芝居を楽しみたいと思います。
瞬殺 御裏番闇裁き
喜多川侑
祥伝社・祥伝社文庫
2023年7月20日初版第1刷発行
カバーデザイン:中原達治
カバーイラスト:大前壽生
●目次
序幕 色仏
第一幕 芝居町の御裏番
第二幕 筋書きと稽古
第三幕 蔵屋敷の怪
第四幕 美坊主と虚無僧
第五幕 謀議の男たち
第六幕 御裏番、奔る
第七幕 爆弾仕置き
本文358ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本