『おれは一万石 五両の報』|千野隆司|双葉文庫
千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、第28巻の『おれは一万石 銘茶の行方』(双葉文庫)をお迎えして、慌てて未読だったひとつ前の巻、『おれは一万石 五両の報(むくい)』を読みました(周回遅れですみません)。
一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる。ぎりぎりの一万石の大名、下総高岡藩井上家。現在の当主正紀は、藩財政の回復に向けてあの手この手と力を尽くしています。
本シリーズは、一万石の小所帯とはいえ、藩の舵取りを担わされた正紀の活躍を描き、勧善懲悪の痛快さも楽しめる人気シリーズです。
藩と領民が力を合わせ「国替え」という最大の難事を乗り越えた高岡藩井上家。先代正国の葬儀も滞りなく終わり、京の出産も間近に迫る中、正紀の腹心である植村に縁談が持ち上がる。一方、市中では複数の侍が白昼堂々商家に押し入り金子を奪うという大胆な手口による押し込みが発生。北町与力の山野辺は、下手人捜しに奔走するが──。シリーズ第27弾!
(『おれは一万石 五両の報』カバー裏の紹介文より)
寛政三年(1791)九月。白昼、京橋柳町の繰綿問屋が五人組の賊に押し入られて、二百五十一両が奪われ、抵抗した隠居が殺される事件が発生しました。
五人は皆二十歳前後の侍で、全員が顔を布で覆って、菅笠を被っていました。しかも、顔を見たのは集合した永代河岸の船着場が初めてで、互いに顔も名前も知らない様子でした。
盗み仕事に慣れた盗賊ではない、荒っぽい素人たちによる押込みで、昼下がりで目撃者も少なくありませんでしたが、賊にはまんまと逃げられてしまいました。
最近、流行ったている、闇バイトによる、稚拙で荒っぽい強盗事件を想起させる設定で、話に引き込まれました。
千野さんの時代小説が多くの読者を引き付けて人気なのは、現在の読者が興味を持てる設定で、登場人物たちに共感を抱ける点にもあります。
同じ頃、高岡藩士で藩主付き近習役の植村仁助は、江戸家老の佐名木源三郎に依頼されて、四谷にある、二百俵の直参栗原喜左衛門の屋敷に、家屋修繕の手伝いに行っていました。手伝いは名目だけで実は、喜左衛門の娘で出戻りの喜世との見合いでした。
主君の正紀が美濃今尾藩から高岡藩藩主正国の娘京と祝言を挙げて高岡藩の世子となった際に、植村はただ一人、正紀について高岡藩へ入った側近です。
今尾藩では大きなしくじりをして、お手討ちとなる寸前のところ、正紀に庇ってもらって事なきを得てたことから、正紀のことを主君と思うだけでなく、恩人と考えて懸命に奉公してきたのでした。
正紀の活躍の裏には、植村のように手先として働く家臣たちがいました。
植村は巨漢で、面相もよくなく、禄高も三十六俵と低く、縁談には縁遠いと思っていました。両親を早くに亡くし、兄弟もなく、女子のことなど変えることもないまま過ごしてきました。
「では五人が集まってから、何をするか知らされたわけか」
「そうだ。破落戸ふうが言った」
これは仰天した。破落戸ふうが、侍に指図をしたことになる。
「途中でやめようとは、思わなかったのか」
「思ったさ。だがな、素性は知られていた。途中で止めても、他の者はやる。おまえは逃げても仲間だとされると脅された」(『おれは一万石 五両の報』P.70より)
押し入った侍の一人が、事件を追っていた北町奉行所与力で正紀の親友、山野辺の地道な探索の末につかまり、事件の一端を自白しました。
山野辺と正紀は、五人の実行犯とその裏にいる指示役や黒幕まで、一網打尽に捕まえることができのでしょうか?
将来の希望がなくむしゃくしゃしていたり、次男、三男といった部屋住みで兄が祝言が挙げて居場所がなくなるのではと鬱屈を抱えたり、自由にできるお金に困ったり、実行犯となった若侍たちは、甘言を弄する悪党たちの誘いに乗るような弱い部分を持っていました。
明日が見えないゆえに、闇落ちした彼らに明日はあるのでしょうか。
本シリーズが面白いのが、毎回、趣向を凝らした危難に高岡藩が襲われるところにあります。よくぞ、こんなことを考えたなと感心させられることも多々あります。
そして、その災難を知恵と勇気で乗り越え、逆境をバネに力を付けていく正紀の活躍に心を踊らされます。
軽率な若者たちの行動に怒りと同情に誘われる一方、色恋沙汰とは無縁の巨漢、植村の嫁取り話には癒されます。
若侍たちを闇落ちさせた、真の悪党に正義の剣を振るう、正紀にスカッとしました。
今回も千野ワールドを堪能しました。
おれは一万石 五両の報
千野隆司
双葉社 双葉文庫
2023年12月16日第1刷発行
カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう
●目次
前章 押込み五人
第一章 捕らえた侍
第二章 銭の買入れ
第三章 両替屋の客
第四章 次の行く先
第五章 五両の意味
本文264ページ
文庫書き下ろし
■今回取り上げた本